・・・ ここに枝折戸。 戸は内へ、左右から、あらかじめ待設けた二人の腰元の手に開かれた、垣は低く、女どもの高髷は、一対に、地ずれの松の枝より高い。 十一「どうぞこれへ。」 椅子を差置かれた池の汀の四阿は、瑪・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 山番の爺がいいたるごとく駕籠は来て、われよりさきに庵の枝折戸にひたと立てられたり。壮佼居て一人は棒に頤つき、他は下に居て煙草のみつ。内にはうらわかきと、冴えたると、しめやかなる女の声して、摩耶のものいうは聞えざりしが、いかでわれ入らる・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・――がさがさと遣っていると、目の下の枝折戸から――こんな処に出入口があったかと思う――葎戸の扉を明けて、円々と肥った、でっぷり漢が仰向いて出た。きびらの洗いざらし、漆紋の兀げたのを被たが、肥って大いから、手足も腹もぬっと露出て、ちゃんちゃん・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ここに別に滝の四阿と称うるのがあって、八ツ橋を掛け、飛石を置いて、枝折戸を鎖さぬのである。 で、滝のある位置は、柳の茶屋からだと、もとの道へ小戻りする事になる。紫玉はあの、吹矢の径から公園へ入らないで、引返したので、……涼傘を投遣りに翳・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・入口に萩の枝折戸、屋根なしに網代の扉がついている。また松の樹を五株、六株。すぐに石ころ道が白く続いて、飛地のような町屋の石を置いた板屋根が、山裾に沈んで見えると、そこにその橋がある。 蝙蝠に浮かれたり、蛍を追ったり、その昔子供等は、橋ま・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 柳の枝折戸、四ツ目垣。 トその垣根へ乗越して、今フト差覗いた女の鼻筋の通った横顔を斜違いに、月影に映す梅の楚のごとく、大なる船の舳がぬっと見える。「まあ、可いこと!」 と嬉しそうに、なぜか仇気ない笑顔になった。 ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・裏の行きとまりに低い珊瑚樹の生垣、中ほどに形ばかりの枝折戸、枝折戸の外は三尺ばかりの流れに一枚板の小橋を渡して広い田圃を見晴らすのである。左右の隣家は椎森の中に萱屋根が見える。九時過ぎにはもう起きてるものも少なく、まことに静かに穏やかな夜だ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そんなことを思いながら僕は玄関から外へ出て、あらためて玄関の傍の枝折戸から庭のほうへまわり、六畳間の縁側に腰かけて青扇夫婦を待ったのである。 青扇夫婦は、庭の百日紅の幹が夕日に赤く染まりはじめたころ、ようやく帰って来た。案のじょう買い物・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ ちょうど卯の花の真っ白に咲いている垣の間に、小さい枝折戸のあるのをあけてはいって、権右衛門は芝生の上に突居た。光尚が見て、「手を負ったな、一段骨折りであった」と声をかけた。黒羽二重の衣服が血みどれになって、それに引上げのとき小屋の火を・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫