・・・ 冬の落日が木の梢に黄に輝く時、煉瓦校舎を背に枯草に座った私共が円くなって、てんでに詠草を繰って見た日を。 安永先生が浪にゆられゆられて行く小舟の様に、ゆーらりゆーらりと体をまえうしろにゆりながら、十代の娘の様な傷的な響で、日中に見・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・碧い空、日光を吸って居る暖かそうな錆金色の枯草山、その枯草まじりに、鮮やかに紅葉したまま散りもせぬ蔦類。細かく風にそよぐ竹藪、蒼々とした杉木立、柑橘類、大島椿。伊豆はよいところという感銘深し。日本のなごやかな錦の配色など――金地に朱、黄、萌・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・ 二 馬は一条の枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背の老いた馭者の姿を捜している。 馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を三番さして負け通した。「何に? 文句をいうな。もう一番じゃ。」 すると、廂を脱れた・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫