・・・まじめなつつましい心のすべての若い人々は、架空の恋愛を求める気はなくても、互にわかりあえるあいてというものを見出して結婚したいという切実な願いはいだいていると思う。そして、そのようなわかりあえるあいてとして互を見出したとき、互に感じる魅力の・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・ 今のところ、女の幸福がしきりにいわれる歴史の根拠は、そのような意味で架空なものではないのだが、さて、幸福というものを私たちはどう考えあるいは感じているのだろう。 折々座談会などでそういう話題になったとき一番困惑するのは、現代の人間・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・クリスマスカロルなど、スエ子がきのうよんで、何だかいやな気がしたと、ひどく気分的に表現していたが主人公がここでも、全くあり得ぬようにセンチメンタルに架空的にとらえられているのです。 ねえ、私は用心しなければいけませんね。こうやってかいて・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 権力からはなれて、つましき良心に立っているわたしたちの社会生活の範囲では、バルザック的典型は、つくり出される人物に属し、架空的であり、よいにしろわるいにしろ、こしらえものとしての感じを与える方がつよかった。プロレタリア文学が、英雄的な・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ 私たちが小さかった頃の読物は巖谷小波が筆頭で、どれもみな架空の昔風なお伽話であった。さもなければ、継母、継子の悲惨な物語か曾我兄弟のような歴史からの読物である。普通の子供が毎日経験している日常生活そのものを題材としてとりあげて、その中・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・大衆の生活に入りこんでいる最低の文化水準としての講談本、或は作者の好む色どりと夥しい架空的な偶然と客観的でない社会性とによって、忠実の一面を抹殺され勝な大衆髷物小説から、読者にただそれが歴史上の事実であるばかりでなく、社会的現実の錯綜の観か・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・徳川時代というものの中で眺める馬琴というような作家は、同時代の庶民的情調に立つ軟文学の気風に対して、教養派のくみであったろうが、馬琴の芸術家としての教養の実体はモラルとしての儒教に支那伝奇小説の翻案的架空性を加えたものが本道をなしていたと思・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・ 民主的な文化教育は、架空にありえない。すべての人は教育をうけることができると憲法にかかれているというだけではどんな教育の民主化もない。その実際は、六・三制の混乱と、最近全国の専門・大学男女学生が教育防衛復興闘争の一環として立ち上りはじ・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
その街は、昼間歩いて見るとまるで別な処のように感じられた。 四方から集って来た八本の架空線が、空の下で網めになって揺れている下では、ゲートルをまきつけた巡査が、短い影を足許に落し、鋭く呼子をふき鳴しながら、頻繁な交通を・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・は客観的には存在しないといわれたことは、現実として民衆が種々の可能と素質とに於て客観的に存在している事実を抹殺してのことであるから、知識人の批判精神が民衆にとって無用であるという論旨も不幸にして同様の架空性に立たざるを得なかった。 文学・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫