・・・固より聞こうとしたほどでもなしに、何となく夕暮の静かな水の音が身に染みる。 岩端や、ここにも一人、と、納涼台に掛けたように、其処に居て、さして来る汐を視めて少時経った。 下 水の面とすれすれに、むらむらと動く・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・雨がしょぼしょぼと顱巻に染みるばかりで、空だか水だか分らねえ。はあ、昼間見る遠い処の山の上を、ふわふわと歩行くようで、底が轟々と沸えくり返るだ。 ア、ホイ、ホイ、アホイと変な声が、真暗な海にも隅があってその隅の方から響いて来ただよ。・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・誠や温泉の美くしさ、肌、骨までも透通り、そよそよと風が身に染みる、小宮山は広袖を借りて手足を伸ばし、打縦いでお茶菓子の越の雪、否、広袖だの、秋風だの、越の雪だのと、お愛想までが薄ら寒い谷川の音ももの寂しい。 湯上りで、眠気は差したり、道・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・『働かざるものは食うべからず』『彼等麺麭を得る能わざるに、菓子を食うは罪悪なり』これ等の語は、ソヴィエットの標語の如く知られているが、よく、其心持は分るというばかりでなく、身に染みるような気がします。 が、なぜであるか。あまりに人間・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
出典:青空文庫