・・・国語の柔軟なる、冗長なるに飽きはてて簡勁なる、豪壮なる漢語もてわが不足を補いたり。先に其角一派が苦辛して失敗に終りし事業は蕪村によって容易に成就せられたり。衆人の攻撃も慮るところにあらず、美は簡単なりという古来の標準も棄てて顧みず、卓然とし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・は婦人雑誌のためにかいた作品で、柔軟なものであるけれども、文学報国会は理由を告げず年鑑作品集に入れることを拒んだ。作品を収録するからと云って、私に送らせたのに。 わたしの母は一九三四年六月に、歿した。わたしがその年の一月から警察にとめて・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・ しかも宗達は、こんなに柔軟で清新な芸術の世界で、いかにも微笑まれる技術の上の手品を演じている。 画面の左手に、あっさり鳥居がおかれている。画面の重心を敏感にうけて、その鳥居が幾本かの松の幹より遙に軽くおかれているところも心にくいが・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・したがって、映画女優のあたまのよさは一方に瑞々しい適応性や柔軟性をもっていなければならず、シルビア・シドニイというような女優は学問をやったという意味での頭脳はあるかもしれないが、例えば、カザリン・ヘッバーンの持っている感性としての溌剌とした・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・ D・H・ローレンスは、彼を知っているすべての人が語っているとおり、特別柔軟で透視的な感情の持主であった。イギリスの社会は周知のように、階級分化がすすんでいて、その社会独特の、平民的でありながら動かしがたい身分関係とそのしきたりにしばら・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・丁度午後のそういう時間が体操とかち合って、ここの学校の先生はさながら自分の肉体の柔軟さと力感と肺カツ量とをたのしむように空まで声をひびかせて、ソラソラソラ手をあげてハッ、ハッもう一ついきましょう、シッシッと。それは活溌です。女の子が声を揃え・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・或自然な、柔軟な突こみがされそうな感じで、大変、大変うれしい。満を持し、いそがず迫ってゆく、この感じ。今度の仕事の準備中ふと「戦争と平和」をよみかえしました。もと一度、或ところは二度三度よんでいるが、今度よんで見て、ずっと異った専門的技術上・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・曲折にたえて、社会と個人の相互関係については、動的で柔軟な見とおしに立たなければならない必然が、こういうところからも説明されると思う。「伸子」の批判的――と云っても主として被抑圧的な者の立場からの照明を与えられている――リアリズムの方法・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ ソヴェトではいかに文字が実際生活の理解、建設に必須な武器かということは、一ヵ月この驚くべく前進的で柔軟性に富んだ多面な新社会の中に生活して見れば忽ちわかる。 たとえば日本女は小説を書くのが本職である。だから、未来に於てソヴェトの芸・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・著者が益々、文芸批評の本来性として在る極々の要因を、情熱の源泉として身につけて、細密にして柔軟、逞しい成長をとげてくれることを切望するのは、作家としても決して私一人ではなかろうと思っている。〔一九四〇年三月〕・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
出典:青空文庫