・・・そこでは並びなき法華経の護持者としての栄冠が彼を待っていることを門弟、檀那、帰依の大衆は信じて疑わず、声をうち揃えて、南無妙法蓮華経を高らかに唱題したのであった。 毎年十月十八日の彼の命日には、私の住居にほど近き池上本門寺の御会式に・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 人生の最高の栄冠。 皮肉でも何でも無く、まさしく、うるわしい風景ではあるが、ちょっと待て。 私の空想の展開は、その時にわかに中断せられ、へんな考えが頭脳をかすめた。家庭の幸福。誰がそれを望まぬ人があろうか。私は、ふざけて言って・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・人間の最高の栄冠は、美しい臨終以外のものではないと思った。小説の上手下手など、まるで問題にも何もなるものではないと思った。 もうひとり、やはり私の年少の友人、三田循司君は、ことしの五月、ずば抜けて美しく玉砕した。三田君の場合は、散華とい・・・ 太宰治 「散華」
・・・勾当は、ただちにその中山という人の宿を訪れて草々語らい、その琴の構造、わが発明と少しも違うところ無きを知り、かえって喜び、貴下は一日はやく註文したるものなれば、とて琴の発明の栄冠を、手軽く中山氏に譲ってやった。現在世に行われている「八雲琴」・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・ シガー一本をできるだけゆっくり時間をかけて吸うという競技で優勝の栄冠を獲たのはドイツ人何某であった。すなわち、五時間と十七分というレコードを得たのである。遺憾ながらそのシガーの大きさや重量や当日の気温湿度気圧等の記載がない。この競技は・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・そうして物理学者としての最高の栄冠が自然にこの東洋学者の頭上を飾ることになってしまった。思うにこの人もやはり少し変わった人である。多数の人の血眼になっていきせき追っかけるいわゆる先端的前線などは、てんでかまわないような顔をしてのんきそうに骨・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ しかし、また一方、この同じ心理がたとえば戦時における祖国愛と敵愾心とによって善導されればそれによって国難を救い戦勝の栄冠を獲得せしめることにもなるであろう。 しかしまた、同じような考え方からすれば、結局ナポレオンも、レーニンも、ム・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・ 一八六五年の正月に彼は遂に Senior Wrangler の栄冠を獲た。その表彰式に彼の母も参列したが、人々は「我 Senior Wrangler の姉君」のために万歳を三唱」した。実際母は彼よりただ十八歳の年長者であったのである。・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
出典:青空文庫