・・・そこには死に対する Resignation と共にお前たちに対する根強い執着がまざまざと刻まれていた。それは物凄くさえあった。私は凄惨な感じに打たれて思わず眼を伏せてしまった。 愈々H海岸の病院に入院する日が来た。お前たちの母上は全快し・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・俺たちは真実の世界に立脚して、根強い作品を創り出さなければならないんだ。だから……俺は残念ながら腹がからっぽで、頭まで少し変になったようだ。とも子 生蕃さんはふだんあんまり大食いをするから、こんな時に困るんだわ。……それにしてもどうして・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・はかなく哀れであるが、しかしその営みには何か根強いものがある。それを大阪の伝統だとはっきり断言することは敢てしないけれど、例えば日本橋筋四丁目の五会という古物露天店の集団で足袋のコハゼの片一方だけを売っているのを見ると、何かしら大阪の哀れな・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・秋は、根強い曲者である。 怪談ヨロシ。アンマ。モシ、モシ。 マネク、ススキ。アノ裏ニハキット墓地ガアリマス。 路問エバ、オンナ唖ナリ、枯野原。 よく意味のわからぬことが、いろいろ書いてある。何かのメモのつもりであろうが、僕自・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・君の作品に於いても、根強い一つの思想があるのに、君は、それを未だに自覚していないのです。次の箴言を知っていますか。「エホバを畏るるは知識の本なり。」 多少、興奮して、失敬な事を書いたようです。けれども、若いすぐれた資質に接した時には・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・日本文学の伝統は、天皇の御製に於いて最も根強い。 五七五調は、肉体化さえされて居る。歩きながら口ずさんでいるセンテンス、ふと気づいて指折り数えてみると、きっと、五七五調である。──ハラガヘッテハ、イクサガデキヌ。ちゃんと形がととのっ・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・や、これらの絵からあらを捜せばいくらもあるだろうし、徒らに皮相の奇を求めるとけなす人はあるだろうが、しかし何と云ってもどこか吾人の胸の奥に隠れたある物、ある根強い要求に共鳴をさせるところがありはしまいか。感覚的な外観の底にかくれた不可達の生・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・それと同時に各自の住み着いた土地への根強い愛着の念を培養して来たものであろう。かの茫漠たるステッペンやパンパスを漂浪する民族との比較を思い浮かべるときにこの日本の地形的特徴の精神的意義がいっそう明瞭に納得されるであろうと思われる。 この・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・しかしこういう人間の本能的な傾向から起こって来る作用の効果はなかなか根強いものであって、そうそう容易に抑圧することはできないものである。それで一見したところでは毫もこの規約に牴触しない――少なくも論理的には牴触しないような立派な付け句であっ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・分たちの心や感情にある習慣の一部が旧いということがわかってきたと同時に、親たち、兄たち、または夫、そういうこれまで特に女の人の生活に対して多くの発言権をもっていた人たちの考え方の中には、もっとそれより根強いふるさがのこっていることもわかって・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
出典:青空文庫