・・・早春の或る日、黄村先生はれいのハンチング(ばかに派手な格子縞そのハンチングを、若者らしくあみだにかぶって私の家へ遊びに来て、それから、家のすぐ近くの井の頭公園に一緒に出かけて、私はこんな時、いつも残念に思うのだが、先生は少しも風流ではないの・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・彼のような男は、七十歳になっても、八十歳になっても、やはり派手な格子縞のハンチングなど、かぶりたがるのではないでしょうか。外面の瀟洒と典雅だけを現世の唯一の「いのち」として、ひそかに信仰しつづけるのではないでしょうか。昨年、彼が借衣までして・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・洋服も、襟が広くおそろしく派手な格子縞であって、ズボンは、あくまでも長く、首から下は、すぐズボンの観がある。白麻のハンチング、赤皮の短靴、口をきゅっと引きしめて颯爽と歩き出した。あまりに典雅で、滑稽であった。からかってみたくなった。私は、当・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・ ことしの晩秋、私は、格子縞の鳥打帽をまぶかにかぶって、Kを訪れた。口笛を三度すると、Kは、裏木戸をそっとあけて、出て来る。「いくら?」「お金じゃない。」 Kは、私の顔を覗きこむ。「死にたくなった?」「うん。」 ・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・派手な大島絣の袷に総絞りの兵古帯、荒い格子縞のハンチング、浅黄の羽二重の長襦袢の裾がちらちらこぼれて見えて、その裾をちょっとつまみあげて坐ったものであるが、窓のそとの景色を、形だけ眺めたふりをして、「ちまたに雨が降る」と女のような細い甲・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・派手な格子縞の鳥打帽であるが、ひどく古びている。けれども、これをかぶらないと散歩の気分が出ないのである。四十年間、愛用している。これをかぶって、銀座に出る。資生堂へはいって、ショコラというものを注文する。ショコラ一ぱいに、一時間も二時間も、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・間もなく青い格子縞の短い上着を着た狐の生徒が、今の先生のうしろについてすごすごと入って参りました。 校長は鷹揚にめがねを外しました。そしてその武田金一郎という狐の生徒をじっとしばらくの間見てから云いました。「お前があの草わなを運動場・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・菩提樹の茂った樹かげに立てたペンキ画の背景の前の椅子で、赤い布をかぶった女が格子縞のスカートの皺をひっぱっている。 並木通り風景を眺めて昼間のベンチにいるのは9/10までいろんな髪と目の色をした女、及び籐の乳母車だった。 ゲルツェン・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 部屋に大きなテーブルが二つあり、一つを私の友達が、もう一つの方を私がつかって、私のテーブルにはフランスで買って来た藍と黄色の格子縞のやすもののテーブル掛がかけてある。 窓に面してテーブルが置いてあるので、私の目には、二重の窓硝子を・・・ 宮本百合子 「坂」
出典:青空文庫