・・・もしまた、意図せざる結果として、客観的には人類の進歩性を後へひっぱる権力に利益を与えることになったのならば、それは如何なる意識下の力――作家ジイドが好んで潜入し、格闘するところの無意識の力に作用されてであるのか。それらのあらましが究明されな・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・農村の生活で自然の美を謳うより先に懸念されるのはその自然との格闘においてどれだけの収穫をとり得るかという心痛であり、しかも、それは現代の経済段階においては、純粋な労働の成果に関する関心ではなくて、債鬼への直接的連想の苦しみなのである。せんだ・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・ 晩年、特に最後の数年のトルストイとその家族の生活というものは、さながら急速に崩壊するロシア貴族階級の最も強烈な精神挌闘史の如き観がある。 大体レフ・トルストイの思想と芸術とは、世界文学に冠絶した強靭な追求力、芸術的描写の現実性をも・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・ それからの数年は、二人にとって全く苦しい格闘の歳月であった。相手のひとにとっては、私がそうやって書く字の形までまるきり変ってしまったほど、もがき苦しむわけがどうしても本質で理解されないのだし、私としては自分の心のうちにあるその人への愛・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・太った大きな、野獣化した野鼠との格闘のことが文学にもあらわれている。日本の兵士のひとたちにこの苦しみはどうなのだろう。お福さまなどと呼ぶが、私は鼠の音からいつも何となし人生の或る荒涼を感じる。〔一九四〇年七月〕・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
・・・ バルザック自身が、自分の文体をもてあまし、汗水たらしてそれと格闘した有様は、すべての伝記者によって描かれ、まざまざと目にも浮ぶばかりであるが、バルザックは文学作品における表現というものに対しては或る識見を抱いていた。「文章論に通暁・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・全世界を震撼させたナポレオンの一個の意志は、全力を挙げて、一枚の紙のごとき田虫と共に格闘した。しかし、最後にのた打ちながら征服しなければならなかったものは、ナポレオン・ボナパルトであった。彼は高価な寝台の彫刻に腹を当てて、打ちひしがれた獅子・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・しかし私は愛と創造と格闘と痛苦との内に――行為の内に自己を捕え得る。そして時には、思わず顔をそむけようとするほどひどく参らされる。私はそれを自己と認めたくない衝動にさえ駆られる。しかし私は絶望する心を鞭うって自己を正視する。悲しみのなかから・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・ここに我々は、実力格闘の体験のなかから自覚されて来た人格尊重の念を看取することができるであろう。彼はこういう道義的反省をも算用と呼んだのであった。家の中で非常に親しくしている仲であっても、公共の場所では慇懃な態度をとれとか、召使は客人の前で・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・そこには線の太い力の執拗な格闘がある。しかしすべての争闘は結局雄大な調和の内に融け込んでいる。それは相戦う力が完全な権衡に達した時の崇高な静寂である。尽くることなき力を人の心に暗示する深い沈黙である。そうして、この簡素な太い力の間を縫う細や・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫