・・・もしもわたくしに児があって、それが検事となり警官となって、人の罪をあばいて世に名を揚げるような事があったとしたら、わたくしはどんな心持になるであろう。わたくしは老後に児孫のない事を以て、しみじみつくづく多幸であると思わなければならない。・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・空気――風――と光線とは誰の所有に属するかは、多分、典獄か検事局かに属するんだろう――知らなかったが、私達の所有は断乎として禁じられていた。 それが今、声帯は躍動し、鼓膜は裂けるばかりに、同志の言葉に震え騒いでいる。 ――この上に、・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ 昔のその学校の生徒、今はもう立派な検事になったり将校になったり海の向うに小さいながら農園を有ったりしている人たちから沢山の手紙やお金が学校に集まって来ました。 虔十のうちの人たちはほんとうによろこんで泣きました。 全く全くこの・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・判事や検事やなんかです。」「そうですか。それでは私はここの主人ですね。」「さようでございます。」 こんなような訳でペンネンネンネンネン・ネネムは一ぺんに世界裁判長になって、みんなに囲まれて裁判長室の海綿でこしらえた椅子にどっかり・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ ファシズムというと、わたしたちはすぐ戦争中のままの形で超国家的な大川周明の理論や、憲兵の横暴や、軍部、検事局その他人民を抑圧した天皇制の機構全体を頭にうかべて、なんとなしその全体に体当りで抵抗するのがファシズムへの抵抗という感じをもっ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・思想検事が「ここにおいて被告はマルクス主義思想を抱懐するにいたり」と法廷でよみあげる告発の文書の文句とは、まるでちがった本質と道ゆきとをもつことである。「伸子」の続篇を書きたいと思いはじめたのは、この時分からのことである。しかし、この願・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・それから、私は、当時、保護観察所と云って、治安維持法にふれたことのある人々を、四六時中つけまわして思想的生活的に制約することを仕事にしていた役所へ行って、検事であるその所長に会って話した。当時はまだ、作家の生活権を奪うということからの抗議に・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・民主主義文学運動がはじまってから蔵原惟人、小林多喜二、宮本顕治にふれて、当時の検事局的に歪曲された「政治的偏向」批判をそのままくりかえし、これらの人々の活動の積極面――プロレタリア文学運動の成果の抹殺が試みられた。それは、客観的には、非民主・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・かつて保護観察所長をしていた思想検事の長谷川劉が、現在最高裁判所のメムバーであって、さきごろ、柔道家であり、漫談家、作家である石黒敬七、富田常雄などと会談して、ペン・ワン・クラブというものをつくることを提案している。名目は、腕力のあるペン・・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ この不幸な出来ごとを、東京検事局では、「一般のお母さんへの警告」として、過失致死罪として起訴した。殺人電車、赤ちゃん窒息という見出しで新聞はこの事件を報じた。そして、この不幸は母親ばかりの責任ではなく、我もろとも十分に知りつくしている・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
出典:青空文庫