・・・ほど経て横手からお長が白馬を曳いて上ってきた。何やら丸い物を運ぶのだと手真似で言って、いっしょに行かぬかと言うのである。自分はついて行く気になる。馬の腹がざわざわと薄の葉を撫でる。 そこを出ると水天宮の社である。あとで考えると、このへん・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 浜べに近い、花崗石の岩盤でできた街路を歩いていると横手から妙な男が自分を目がけてやって来る。藁帽に麻の夏服を着ているのはいいが、鼻根から黒い布切れをだらりとたらして鼻から口のまわりをすっかり隠している。近づくと帽子を脱いで、その黒い鼻・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・不折の油画にありそうな女だなど考えながら博物館の横手大猷院尊前と刻した石燈籠の並んだ処を通って行くと下り坂になった。道端に乞食が一人しゃがんで頻りに叩頭いていたが誰れも慈善家でないと見えて鐚一文も奉捨にならなかったのは気の毒であった。これが・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・そうして庭のすぐ横手の崖一面に茂ったつつじの中へそのピストルの弾をぽんぽん打ち込んで、何かおもしろそうに話しながらげらげら笑っていた。つつじはもうすっかり散ったあとであったが、ほんの少しばかりところどころに茶褐色に枯れちぢれた花弁のなごりが・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・その音が観客の正面の向こうのほうで響いたと思われるのに、ピストルを持った男がずっと横手のほうから現われて来ると思われるのではちょっと理屈に合わないわけである。しかしこういう場合でも、一方では音の方向知覚というものの本来不確実なために、また一・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・店先へぽっさりと独で立って居ることは出来ない。横手の流元の引窓から彼は覗いた。唯一つの火鉢へ二三人が手を翳して居る。他の瞽女はぽっさり懐手をして居る。みんな唄の疲が出たせいか深い思に沈んだようにして首をかしげて居る。太十は尚お去ろうともしな・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・の傍人跡あまり繁からざる大道の横手馬乗場へと余を拉し去る、しかして後「さあここで乗って見たまえ」という、いよいよ降参人の降参人たる本領を発揮せざるを得ざるに至った、ああ悲夫、 乗って見たまえとはすでに知己の語にあらず、その昔本国にあって・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・と碌さん横手を打つ。「ハハハハ単純なものだ」「まるで落し噺し見たようだ」「間違いましたか。そちらのも煮て参じますか」「なにこれでいいよ。――姉さん、ここから、阿蘇まで何里あるかい」と圭さんが玉子に関係のない方面へ出て来た。・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・それから引きかえして、秋田から横手へと志した。その途中で大曲で一泊して六郷を通り過ぎた時に、道の左傍に平和街道へ出る近道が出来たという事が棒杭に書てあった。近道が出来たのならば横手へ廻る必要もないから、この近道を行って見ようと思うて、左へ這・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・もうそして天の川は汽車のすぐ横手をいままでよほど激しく流れて来たらしくときどきちらちら光ってながれているのでした。うすあかい河原なでしこの花があちこち咲いていました。汽車はようやく落ち着いたようにゆっくりと走っていました。 向うとこっち・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫