・・・影法師か何か知らんが、汝等三人の黒い心が、形にあらわれて、俺の邸の内外を横行しはじめた時だ。侍女 御免遊ばして、御前様、私は何にも存じません。紳士 用意は出来とる。女郎、俺の衣兜には短銃があるぞ。侍女 ええ。紳士 さあ、言え・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・の百姓を見てもすぐと理屈でやり込めるところから敬して遠ざけられ、狭い田の畔でこの先生に出あう者はまず一丁前から避けてそのお通りを待っているという次第、先生ますます得意になり眼中人なく大手を振って村内を横行していた。 その家は僕の家から三・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・が少しはある。 来年あたりから試しに帝展の各室に投票函を置き、「いけない」と思う絵を観客に自由に遠慮なく投票をさせて、オストラキズムの真似をしたらどうかと思う。推賞する方の投票だと「運動」が横行して結果は無意味に終るにきまっているが、排・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 過去のある時代には犀のようなものが時を得顔に横行したこともあったのである。その時代の環境のいかなる要素が彼らの生存に有利であったかがおもしろい問題である。 今から何万年の後に地球上の物理的条件が一変して再び犀かあるいは犀の後裔かが・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・手甲、脚絆、たすきがけで、頭に白い手ぬぐいをかぶった村嬢の売り子も、このウルトラモダーンな現代女性の横行する銀座で見ると、まるで星の世界から天降った天津乙女のように美しく見られた。 子供の時分に、郷里の門前を流れる川が城山のふもとで急に・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・しかし現代のジャーナリズムは、まだまだ恐ろしいいろいろの怪物を毎朝毎夕製造しては都大路から津々浦々に横行させているのである。そうして、それらの怪物よりもいっそう恐ろしくもまた興味の深い不思議な怪物はジャーナリズムの現象そのものであるかもしれ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・あるいは支那人や大雅堂蕪村やあるいは竹田のような幻像が絶えず眼前を横行してそれらから強い誘惑を受けているように見える。そしてそれらに対抗して自分の赤裸々の本性を出そうとする際に、従来同君の多く手にかけて来た図案の筆法がややもすれば首を出した・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・の集落が希薄になっていたのではないかと想像される。古い民家の集落の分布は一見偶然のようであっても、多くの場合にそうした進化論的の意義があるからである。そのだいじな深い意義が、浅薄な「教科書学問」の横行のために蹂躙され忘却されてしまった。そう・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 果てもない広い森林と原野の間に自在に横行していたものが、ちょっとした身動きすら自由でない窮屈なこういう境遇に置かれて、そして、いくら気の長い、寿命の長い象にしても、十年以上もこうして縛られているのでは、そうそういい目つきばかりもしてい・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・の顔がジャヴァ、インド、東トルキスタンからギリシアへかけて、いろいろの名前と表情とをもって横行している。また大江山の酒顛童子の話とよく似た話がシナにもあるそうであるが、またこの話はユリシースのサイクロップス退治の話とよほど似たところがあ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
出典:青空文庫