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・・・なりはこの間と変りなく、撫子模様のめりんすの帯に紺絣の単衣でしたが、今夜は湯上りだけに血色も美しく、銀杏返しの鬢のあたりも、まだ濡れているのかと思うほど、艶々と櫛目を見せています。それが濡手拭と石鹸の箱とをそっと胸へ抱くようにして、何が怖い・・・
芥川竜之介
「妖婆」
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・・・ 髪をこってりと櫛目だてて分け、安物だがズボンの折目はきっちり立った荒い縞背広を着たその男は、黒い四角い顔で私を睨み、「そこへかけて」 顎で椅子をしゃくった。自分は腰をおろした。縞背広は向い合う場所にかけ、「警視庁から来た者・・・
宮本百合子
「刻々」