・・・これに欄干を附けたものか附けないものかと色々工夫したが矢張り附けないほうが自然だというんで附けないことに定めました……まア構造はこんなものですが、僕の想像はこれで満足しなかったのだ……先ず冬になると……」「ちょッとお話の途中ですが、貴様・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・橋の上で話し声が聞こえるようだから、もしかと思って来ると先生一人、欄干に倚っかかッて空を仰いでいた。『オヤお一人?』『あア。』気のない返事。『幸ちゃん帰りましたの?』お梅も欄干に倚って時田の顔をじっと見ている。『今帰ったよ、・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・矢張、江戸風な橋の欄干の上に青銅の擬宝珠があり、古い魚河岸があり、桟橋があり、近くに鰹節問屋、蒲鉾屋などが軒を並べていて、九月はじめのことであって見れば秋鯖なぞをかついだ肴屋がそのごちゃごちゃとした町中を往ったり来たりしているようなところで・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・とめるのも聞かず、すたすたと川のほうに歩いて行き、どうせもう、いつかは私は追い出すつもりでいたのでしょうし、とても永くは居られない家なのだから、きょうを限り、またひとり者の放浪の生活だと覚悟して、橋の欄干によりかかったら、急にどっと涙が出て・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・眼をぱちぱちさせて起き上り、ちょんと廊下の欄干にとまって、嘴で羽をかいつくろい、翼をひろげて危げに飛び立ち、いましも斜陽を一ぱい帆に浴びて湖畔を通る舟の上に、むらがり噪いで肉片の饗応にあずかっている数百の神烏にまじって、右往左往し、舟子の投・・・ 太宰治 「竹青」
・・・縁側の籐椅子に腰をおろして、煙草をやる。煙草は、ふんぱつして、Camel だ。紅葉の山に夕日があたっている。しばらくして、女は風呂からあがって来る。縁側の欄干に手拭を、こうひろげて掛けるね。それから、君のうしろにそっと立って、君の眺めている・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・ 嵐の前の宵、客のない暗い二階の欄干に凭れて沖を見ていた。昼間から怪しかった雲足はいよいよ早くなって、北へ北へと飛ぶ。夕映えの色も常に異なった暗黄色を帯びて物凄いと思う間に、それも消えて、暮れかかる濃鼠の空を、ちぎれちぎれの綿雲は悪夢の・・・ 寺田寅彦 「嵐」
今日七軒町まで用達しに出掛けた帰りに久し振りで根津の藍染町を通った。親友の黒田が先年まで下宿していた荒物屋の前を通った時、二階の欄干に青い汚れた毛布が干してあって、障子の少し開いた中に皺くちゃに吊した袴が見えていた。なんだ・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・然るにわたくしは突然セメントで築き上げた、しかも欄干さえついているものに行き会ったので、驚いて見れば「やなぎばし」としてあった。真直に中山の町の方から来る道路があって、轍の跡が深く掘り込まれている。子供の手を引いて歩いてくる女連の着物の色と・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・こういう横町の二階の欄干から、自分は或る雨上りの夏の夜に通り過る新内を呼び止めて酔月情話を語らせて喜んだ事がある。また梅が散る春寒の昼過ぎ、摺硝子の障子を閉めきった座敷の中は黄昏のように薄暗く、老妓ばかりが寄集った一中節のさらいの会に、自分・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫