・・・は、ものも言いたくないし、いきなり鮮やかな背負投げ一本くらわせて、そいつのからだを大きく宙に一廻転させ、どたん、ぎゃっという物音を背後に聞いて悠然と引上げるという光景は、想像してさえ胸がすくのである。歌人の西行なども、強かったようだ。荒法師・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ もし出来るならば、多数の歌人が銘々に口調のいいと思う歌を百首くらいずつも選んで、それらの材料を一纏めにして統計的に前述の波数や波長の分配を調べてみたら何かしら多少ものになるような結果が得られはしないかと考えるのである。 このような・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
ある一人の歌人の歌を、つづけて二、三十も読んでいると、自然にその作者の顔が浮んで来る。しかし作者によってその顔が非常にはっきり出て来るのと、そうでないのとがある。云わば作者の影の濃いと薄いとがある。 作者の本当の顔を知・・・ 寺田寅彦 「宇都野さんの歌」
・・・従って一概に秋を悲しいものときめてしまった昔の歌人などの気持が自分にはさっぱり呑みこめなかったのであった。それが年を取るうちにいつの間にか自分の季節的情感がまるで反対になって、このごろでは初夏の若葉時が年中でいちばん気持のいい、勉強にも遊楽・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・型式的概念的に堕した歌人の和歌などとは自ずからちがった自由な自然観が流露している。「青葉になりゆくまで、よろづにたゞ心をのみぞなやます」というような文句でも、国語の先生の講義ではとても述べられない俳諧がある。同じことを云った人が以前に何人あ・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ このあいだ、ある歌人が来ての話の末に「今の若い人にさびしおりなどと言ってもだれも相手にしないであろう」という意味の意見を聞かされた。しかしこの青年などはさびしおりを処世術に応用しているほうかもしれないのである。 五・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・たとえば仏教思想の表面的な姿にのみとらわれた凡庸の歌人は、花の散るのを見ては常套的の無常を感じて平凡なる歌を詠んだに過ぎないであろうが、それは決してさびしおりではない。芭蕉のさびしおりは、もっと深いところに進入しているのである。たとえば、黙・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・私の知っているある歌人の話ではその知人の歌人中で自殺した人の数がかなり大きな百分率を示している。俳人のほうを聞いてみると自殺者はきわめてまれだという。もちろんこれは僅少な材料についての統計であるから、一般に適用される事かどうかはわからないが・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ もう一度はK社の主催でA派の歌人の歌集刊行記念会といったようなものを芝公園のレストーランで開いた時の事である。食卓で幹事の指名かなんかでテーブルスピーチがあった。正客の歌人の右翼にすわっていた芥川君が沈痛な顔をして立ち上がって、自分は・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・文法家に名文家なく、歌の規則などを研究する人に歌人が乏しいとはよく人のいうところですが、もしそうするとせっかく拵えた文法に妙に融通の利かない杓子定規のところができたり、また苦心して纏めた歌の法則も時には好い歌を殺す道具になるように、実地の生・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫