・・・ おゆきの身についていて、東京の山の手に育つ子供の心には、きわめてもの珍しくうつったいくつもの癖が、くるわの習慣であったことが分ったのは、わたしが十七八になって、歌舞伎芝居をみるようになってからだった。梅幸のお富が舞台の上で、ひっかけ帯・・・ 宮本百合子 「菊人形」
この間田舎へかえる親戚のもののお伴をして珍しく歌舞伎座を観た。十一月のことで、序幕に敵国降伏、大詰に笠沙高千穂を据えた番組であった。 この芝居をみていて深く感じたことは演劇のとりしまりや自粛がどんなに芸術の生命を活かす・・・ 宮本百合子 「“健全性”の難しさ」
・・・と題してきり出された勇ましいその評論も、すえは何となししんみりして、最後のくだり一転は筆者がひとしおいとしく思っている心境小説の作家尾崎一雄を、ひいきしている故にたしなめるという前おきできめつける、歌舞伎ごのみの思い入れにおわった。ジャーナ・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・の人物を写す立派な筆、情のこまやかな、江戸前の歌舞伎若衆の美くしかった頃の作者に見る様なこまかい技巧をもって、もう少し考えさせる材料に手をつけられたらばと思う。 私は必して、紅葉山人や一葉女史が、取るに足らない作家だったとか何とかけなす・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・ 芝居は歌舞伎劇や文楽の人形浄瑠璃なぞ好きです。新劇は築地小劇場のものや、武者小路さんのものが好きです。嫌いなのは、黙阿彌張りか何かで、それでいて新作まがいの中途半端の芝居です。 活動写真も好きです。しかし網野さんほどではないかも知・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・和服で面白い働き着というような工夫が紹介されるとき、妙に擬古趣味になって、歌舞伎の肩はぎ衣裳だの小紋の、ちゃんちゃんだのがすすめられているのは、何処か趣向だおれの感じではなかろうか。働き着の面白さは、働きそのものを遊戯化しポーズ化した連想か・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・ 田舎新聞 ○「寒天益々低落 おい大変だぜ 寒天下落だよ 中央蚕糸 紅怨 紫恨 ◇二度の左褄 上諏訪二業 歌舞伎家ではさきに 宗之助 初代福助の菊五郎の二人が古巣恋しくて舞戻ったが、・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ 歌舞伎の内部のように、だから封建的な秘密給金制は当然ないわけだ。云わば、芸術労働者の俸給も、ソヴェトではパンと同じに国定相場で支払われているわけだ。 ――じゃ勿論、最低賃銀というものも、はっきり規定されてるわけだね。悪くないな…・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
歌舞伎芝居や日本音曲は、徳川時代に完成せられたものからほとんど一歩も出られない。もし現在の日本に劇や音楽の革新運動があるとすれば、それは西欧の伝統の輸入であって、在来の日本が生み出したものの革新ではない。それに比べると日本画には内から・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・ここに能の動作との著しい対照が起こって来るゆえんがあり、また人形振りが歌舞伎芝居に深い影響を与えたゆえんもある。これらの演劇形態について詳しい知識を有する人が、一々の動作の仕方を細かく分析し比較したならば、そこにこれらの芸術の最も深い秘密が・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫