・・・菅笠を被っていても木曾路ではこういう風に歓待をせられるのである。馬はヒョクリヒョクリと鳥井峠と上って行く。おとなしそうなので安心はしていたが、時々絶壁に臨んだ時にはもしや狭い路を踏み外しはしまいかと胆を冷やさぬでもなかった。余はハンケチの中・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・この岩はまだ上流にも二、三ヶ所学生は何でももう早く餅をげろ呑みにして早く生きたいようにも見えまたやっぱり疲れてもいればこういう款待に温さを感じてまだ止まっていたいようにも見えた。(ええ、峠まで行って引っ返して来て県道を大船渡(今晩の・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・勿論御主人も居られた。歓待して頂いた。若い娘らしくそれを十分に感じ、くつろいだ、なついた調子で、啄木の歌がすきだというようなことまでお話しした覚えがある。 その晩も、母がそのお座敷で、私が幼い記憶にあるお孝さんと現在の古田中夫人とを結び・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・ 切角、田舎から出て来られたのだし、お前の立場としても同情されるから、うちでは、出来る丈歓待してあげたい。然し、一方、そう云うことがあっては、何だか、まるで嘘偽で、実に辛い義務になって仕舞う。母は、若しそう云うことになれば、東京に居て会・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 三渓園の原邸では、招待して待ち受けてでもいたかのように、款待をうけた。漱石としては初めて逢う人ばかりであったが、まことに穏やかな、何のきしみをも感じさせない応対ぶりで、そばで見ていても気持ちがよかった。世慣れた人のようによけいなお世辞・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫