・・・そういう俗悪な精神になるのは止し給え。 僕の思っている海はそんな海じゃないんだ。そんな既に結核に冒されてしまったような風景でもなければ、思いあがった詩人めかした海でもない。おそらくこれは近年僕の最も真面目になった瞬間だ。よく聞いていてく・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・とうとう止してしまった。「コケコッコウ」 一声――二声――三声――もう鳴かない。ゴールへ入ったんだ。行一はいつか競漕に結びつけてそれを聞くのに慣れてしまった。 四「あの、電車の切符を置いてってくださいな」靴の・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・雪がせわしく降り出したので出張りを片付けている最後の本屋へ、先刻値を聞いて止した古雑誌を今度はどうしても買おうと決心して自分は入って行った。とっつきの店のそれもとっつきに値を聞いた古雑誌、それが結局は最後の選択になったかと思うと馬鹿気た気に・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・「そこで僕はつくづく考えた、なるほど梶原の奴の言った通りだ、馬鹿げきっている、止そうッというんで止しちまったが、あれであの冬を過ごしたら僕は死でいたね」「其処でどういうんです、貴様の目下のお説は?」と岡本は嘲るような、真面目な風で言・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「言うのはお止しなさいよ」「何故や、言うよ、明日こそ言うよ」「だってね母上のことだから又大きな声をして必定お怒鳴になるから、近処へ聞えても外聞が悪いし、それにね、貴所が思い切たことを被仰ると直ぐ私が恨まれますから。それでなくても・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・やがて、その外套を止しました。さらに一枚、造りました。こんどは、黒のラシャ地を敬遠して、コバルト色のセル地を選び、それでもって再び海軍士官の外套を試みました。乾坤一擲の意気でありました。襟は、ぐっと小さく、全体を更に細めに華奢に、胴のくびれ・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・と笑談のようにこの男に言ったらこの場合に適当ではないかしら、と女は考えたが、手よりは声の方が余計に顫えそうなのでそんな事を言うのは止しにした。そこで金を払って、礼を云って店を出た。 例の出来事を発明してからは、まだ少しも眠らなかったので・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・それはあなたが、くだらない弟子たち全部から離れて、また天の父の御教えとやらを説かれることもお止しになり、つつましい民のひとりとして、お母のマリヤ様と、私と、それだけで静かな一生を、永く暮して行くことであります。私の村には、まだ私の小さい家が・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・それなら止した方がいいのではあるまいか。いつも僕はつらい思いをしている。こんなものを、――そんな感じがして閉口して居る。殆ど自分一人で何から何迄、やって来たのだが、それだけ余計に僕は此の雑誌にこだわって居る。此の雑誌を出してからは、僕は自分・・・ 太宰治 「喝采」
・・・それでもし生徒が文学的の傾向があるなら、それにはラテン、グリーキも十分にやらせて、その代り性に合わない学科でいじめるのは止した方がいい……」 これは明らかに数学などを指したものである。数学嫌いの生徒は日本に限らないと見えて、モスコフスキ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫