二十五年という歳月は一世紀の四分の一である。決して短かいとは云われぬ。此の間に何十人何百人の事業家、致富家、名士、学者が起ったり仆れたりしたか解らぬ。二十五年前には大外交家小村侯爵はタシカ私立法律学校の貧乏講師であった。英雄広瀬中佐は・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・老画伯は首をかたむけて、「デッサンが三枚ばかり、私のところに残っていたのですが、それを、あのひとが此の間やって来て、私の目の前で破ってしまいました。誰か、あの人の絵をこっぴどくやっつけたらしく、それからはもう、あ、そうだ、ありました、ありま・・・ 太宰治 「水仙」
・・・それが、此の間、上野の美術館に行く途中、向うから白衣の兵隊さんが歩いていらっしゃいました。あたし、こっそりあたりを見まわして、誰も居りませんでしたので、ここぞと、ちゃんとお辞儀をしましたの。そしたら、兵隊さんも、ていねいにお辞儀をして下さい・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・ 田崎と云うのは、父と同郷の誼みで、つい此の間から学僕に住込んだ十六七の少年である。然し、私には、如何にも強そうなその体格と、肩を怒らして大声に話す漢語交りの物云いとで、立派な大人のように思われた。「先生、何の御用で御座います。」・・・ 永井荷風 「狐」
・・・最初の興行より本年に到って早く既に九年を過ぎている。此の間に露西亜バレエの一座も亦来って其技を演じた。九年の星霜は決して短きものではない。西欧のオペラ及バレエが日本の演芸界に相応の感化を与えるには既に十分なる時間である。況や帝国劇場は西洋オ・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・「あの方は、私、級中で一番嫌いだわ、此の間もね、お裁縫室の傍にね、ホラ南天の木があるでしょう、彼処で種々お話をしていた時、私が何心なく、芳子さんにね、貴女は何故此の学校へお入りに成ったのって伺ったのよ。そうしたらね、あの方ったら」 ・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
時候あたりだろうと云って居た宮部の加減は、よくなるどころか却って熱なども段々上り気味になって来た。 地体夏に弱い上に、此の間どうしたのか頭の工合を悪くして三日ほど床について居た揚句にたべたかつおの刺身がさわったのだと云・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・ 「此の間の宴の時に五番目に居た女君は、よく噂に出る紫の君って云う人なのかしら」 くつろいだ様子をして絵巻物を見て居た光君は、はばかるようにおもはゆげに誰にともなく云うと、わきに居た髪の美くしい年まがうけと・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 此の間引越しの時、古い原稿を取出して、読み返して見るのはかなり面白かった。 その中に、「錦木」という題で、かなり長い未完のものがでてきたので、私はふっと、可愛らしい思い出を誘われた。それはこうである。私が源氏物語を読んだのは、・・・ 宮本百合子 「昔の思い出」
此の間から、いろいろの職場で働いている若い人達の気持にふれる機会を持ちました。 一番痛切に感じた事は、今日働く婦人達がどんなに勉強したがっているかということでした。東京では麹町神田辺のいろいろの職場に働いている婦人達が・・・ 宮本百合子 「若人の要求」
出典:青空文庫