・・・王子は、四年前の恐怖を語り、また此度の冒険を誇り、王さまはその一語一語に感動し、深く首肯いてその度毎に祝盃を傾けるので、ついには、ひどく酔いを発し、王妃に背負われて別室に退きました。王子と二人きりになってから、ラプンツェルは小さい声で言いま・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・乗客が構わずそれをば踏み付けて行こうとするので、此度は女房が死物狂いに叫び出した。口癖になった車掌は黄い声で、「お忘れものの御在いませんように。」と注意したが、見るから汚いおしめの有様。といって黙って打捨てても置かれず、詮方なしに「おあ・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・面白そうだ。此度は広告を見た。「ライシアム」で「アーヴィング」が「シェクスピヤ」の「コリオラナス」をやると出ている。せんだって「ハー・マジェスチー」座で「トリー」の「トェルフスナイト」を見た。脚本で見るより遥かに面白い。「アーヴィング」のも・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・とやったが、余り平凡なのに自ら驚いて、三たび森沿い小道に出て来た。此度は田舎祭の帰りのような心持がした。もぶり鮓の竹皮包みを手拭にてしばりたるがまさに抜け落ちんとするを平気にて提げ、大分酔がまわったという見えで千鳥足おぼつかなく、例の通り木・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・余はしばしば種々の苦痛を経験した事があるが、此度のような非常な苦痛を感ずるのは始めてである。それがためにこの二、三日は余の苦しみと、家内の騒ぎと、友人の看護旁訪い来るなどで、病室には一種不穏の徴を示して居る。昨夜も大勢来て居った友人(碧梧桐・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・いやそれだから、此度なんかもまったくひどく困ったよ。殊に君注文が割合に柔らかな蛋白石だろう。僕がその山へ入ったら蛋白石どもがみんなざらざら飛びついて来てもうどうしてもはなれないじゃないか。それが君みんな貴蛋白石の火の燃えるようなやつなんだ。・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・而して此度の事、事甚大にして既に疑惑を挾むべき余地なきが如きも、未だ動かす可らざる証左を得たりといふにあらず。軽々しく人と世との評する所を信じて妄動せんは余の極めて堪へる能はざる所なりしなり。然れども余は他の方面より、余の此事あるが為に老年・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ M子の彼の良い性質は此度の生活状態の変化にも失われる様な事は有るまいとは思う。 そうは思いながら私の心には云いがたい一種の不安が満ち満ちて居る。 私は或程度まで低級な人達の間に入って苦痛なしに彼の人が暮せるかどうかと云う事であ・・・ 宮本百合子 「M子」
此度山田さんの自伝的小説『地上に待つもの』が出版されるに当って、何人かの友人らに混って短い感想を書く因縁に立ち到ったことを私は一種の感動をもって考えるのである。 山田さんは、『種蒔く人』時代から日本のプロレタリア文学運・・・ 宮本百合子 「『地上に待つもの』に寄せて」
出典:青空文庫