・・・が、僕らの前へ歩み寄ると、怒鳴りつけるようにマッグに話しかけました。「それはトックの遺言状ですか?」「いや、最後に書いていた詩です。」「詩?」 やはり少しも騒がないマッグは髪を逆立てたクラバックにトックの詩稿を渡しました。ク・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・のみならず同心円をめぐるようにじりじり死の前へ歩み寄るのである。 「いろは」短歌 我我の生活に欠くべからざる思想は或は「いろは」短歌に尽きているかも知れない。 運命 遺伝、境遇、偶然、――我我の運命を・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ お嬢さまは、窓のところへ歩み寄ると、はるかに建物の頭をきれいに並べている街の方をごらんになりました。そして、自分でも、その歌の一節を口ずさみなさいました。「ねえ、おかよや、おまえ、この子守唄をきいたことがあって?」といって、箱の中・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・おそるおそる縁先に歩み寄る私たち三人を見つけて、むっくり起き上り、「やあ、来たか。暑いじゃないか。あがり給え。着ているものを脱いで、はだかになると涼しいよ。」茶会も何もお忘れになっているようにさえ見えた。 けれども私たちは油断をしな・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ 谷川氏の意見も穏当な態度で表現されてあるけれども、文化の上で従来の作家と大衆とが歩み寄るということは、ブルジョア作家の理解の中で見られている大衆の性質が元のままである限り、作家性が元のまま自覚されている限り、作家の側からの困難が予想さ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
出典:青空文庫