・・・この十年間に、文学運動の上では、言文一致の提唱とその勝利があったが、そしてそれは、より直接的に社会生活を反映し得る手段を整えたものと云い得るのだが、作品に於ては、現実は歪曲され、愛国主義は鼓吹された。自然主義運動勃興以前の各既成作家の行きづ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・火事は一夜で燃え尽しても、火事場の騒ぎは、一夜で終るどころか、人と人との間の疑心、悪罵、奔走、駈引きは、そののち永く、ごたついて尾を引き、人の心を、生涯とりかえしつかぬ程に歪曲させてしまうものであります。この、前代未聞の女同士の決闘も、とに・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・それは全く、奇妙に歪曲した。このあいそのつきた自分の泡のいのちを、お役に立ちますものなら、どうかどうか使って下さい。卑劣と似ていた。けれどもそれが、この男に残された唯一の、せめてもの、行為のスローガンになっていたのである。男は、それに依って・・・ 太宰治 「花燭」
・・・たは些細のからだの調子などで、どしどし決定されてしまうので、あんまり眠むたいばかりに、背中のうるさい子供をひねり殺した子守女さえ在ったし、ことに、こんな吹出物は、どんなに女の運命を逆転させ、ロマンスを歪曲させるか判りませぬ。いよいよ結婚式と・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・それでいわゆる立体映画ができると、われわれの二つの目の間隔が急に突拍子もなくひろがったと同様な不自然な異常な効果を生ずることになり、従って映像の真実性が著しく歪曲することになるのではないかと想像される。 ともかくも、現在の映画のスクリー・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ とにかく、これでもかこれでもかと眼新しい趣向を凝らして人性の自然を極度に歪曲したものばかり見せられている際に、たまたまこういう人間らしい平凡な情味をもった童話的なものに出会うと清々しい救われたような気持がするから妙である。 ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・ともかくもその論文の要点はそんなにひどく歪曲されずに書いてある。それなのに、活字の大小の使い分けや、文章の巧妙なる陰影の魔力によって読者読後の感じは、どうにも、書いてある事実とはちがったものになるのである。実に驚くべき芸術である。こういうの・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・あるいは葬式や嫁入りの門先に皿鉢を砕く、あの習俗がこんな妙な形に歪曲されて出現したのかもしれない。 島へ渡ったのは、たぶん大阪高知間飛行の話の時に思い浮かべた瀬戸内海の島が素因をなしているかと思われる。 前日の昼食時にA君が、自分の・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・このようにゆがめられた事実の横顔の描写が単に科学記事だけに限られているのならば幸いであるが、こういうのを見るたびに、われわれ読者は、同じような歪曲が政治外交経済あらゆる方面の記事にも多少ちがった程度で現われているであろうと想像しないわけには・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・そして、当時のプロレタリヤ文学運動の解釈に加えられた歪曲が正される必要がある。 十二年をへだて、今日著者がたまに書く文学評論は、主題と表現の問題にしろよりリアルにとらえられていて、人民的な民主主義社会とその文学の達成のために、堅ろうな階・・・ 宮本百合子 「巖の花」
出典:青空文庫