・・・と云う一面、ゲーテ、シェイクスピア、ニーチェ、あらゆる古今の天才に倣わんとするものであると云わせる彼の天才主義は、彼自身そこから超脱した生活は有り得ないことを明言している時代と歴史の歯車の間で、どのような自身の帰結を可能としていたろうか。・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・正しさのためにも婦人は自分と愛する者たちの運命とを、歴史の仮借ない歯車の間においたのであった。 ヨーロッパの婦人たちが、民主平和のヨーロッパ再建のための連合国憲章にもとづいて、婦人たちの大統一戦線をこしらえはじめたこころもちは、同感され・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・災厄が余り突然やって来たので、人間の微妙な精神の歯車も大分痛められました。あれほど感情の鋭い者達が、本当に涙もこぼさず、獣のように狂い喚いていた有様は思い出しても恐ろしいが。――御覧下さいこれは、始めて人間がしんからこぼした嬉し涙の一雫です・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・アルプス登攀列車は、一刻み、一刻み毎に、しっかり噛み合って巨大な重量を海抜数千メートルの高み迄ひき上げてゆく堅牢な歯車をもっている。わたし達が近代的外皮に装われた最も悪質な封建性から自身の全生活を解放して、民主主義に立つ眺望ひろい人生を確保・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・何かの歯車の発見について、不断の関心を示している作家の一人である。「イデエ・近代の論理、人間の組み合わせかたとしての秩序の認識のないところでは、皮膚感覚と暴力のみが実在する。その二つのものの合成である現在の日本文学は、日本そのものの、反映な・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・ 戦争という事業は、戦場で、最新式の武器で、兵士という名でそこへ送り出されたそれぞれの国の人民たちに殺し合いをさせるばかりか、軍需生産という巨大な歯車に小経営者の破産をひっかけ、勤労者をしぼり上げ、女子供から年よりの余生までを狩りたてて・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・がら子供なんぞ可愛いと思ってはいけない夜叉のヒューマニズムでも高々とふりかざしているかのように云われる舟橋氏も、主張されるその新胎に立ってしずかに眺められた時、ここに一つの愛し生まんと熱望しつつ歴史の歯車によってその可能を引裂かれている女の・・・ 宮本百合子 「夜叉のなげき」
・・・、もし真実この社会に要求されているならば、当然その可能のために作者がよく云うとおり、望む望まないに拘らず承認され、評価されなければならない社会の客観的な正義、道義というものと、案外にも喰い違った大小の歯車となって廻転していることを発見するの・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・恐らくその無数の腐りかかった肺臓は、低い街々の陽のあたらぬ屋根裏や塵埃溜や、それともまたは、歯車の噛み合う機械や飲食店の積み重なった器物の中へ、胞子を無数に撒きながら、この丘の花園の中へ寄り集って来たものに相違ない。しかし、これらの憐れにも・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫