・・・古今詩人文人の藁本の今に残存するものは数多くあるが、これほど文人の悲痛なる芸術的の悩みを味わわせるものはない。 が、悲惨は作者が自ら筆を持つ事が出来なくなったというだけで、意気も気根も文章も少しも衰えていない。右眼が明を失ったのは九輯に・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 思うに、半分は、屑とされて消滅し、半分は、自然消滅に帰するものと考えられますが、その中、幾何良書として後世にまで残存するであろうか。印刷術と製本術とが、機械でされるようになって以来、生産の簡易化は、全く書物に対する考え方を変えてしまい・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ 二 ヨーヨーとコリントゲーム ヨーヨーがすたれて、コリントゲームがいまだに残存している。 ヨーヨーは力学的の玩具である。これの運動の解明は古典力学だけで間に合う。しかしコリントゲームの方には公算的統計的の要素・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・この二人の憎まれ役は、おそらく見ようによってはもっとも善良なる旧時代の残存者である。これに反してもっともわかりにくい存在はこの若く美しい生徒に慕われる女教師である。ひどく骨っぽく冷たいようにも見え、またひどく情熱的魅惑的にも見える。どこかブ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・定の部分に或る特定の化学的変化が起こる、その変化が長時間持続するとある化学的物質の濃度に持続的な異常を生じて、それが脳神経中枢のどこかに特殊の刺激となって働く、そうして元の精神集注状態がやんだ後までも残存しているその特殊な刺激物質のために、・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・ そういう特別な場合の記憶だけが残存蓄積するせいもあろう。捜してすぐにあった場合は忘れるからである。 しかし、また、実際、特別緊急な捜しものをする場合には、心にこだわりがあって、自由な観察と認識の能力がいくぶん減退しているためもたし・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・このように長時間の後に残存してしかも陽像のみ現われるというのはまだ読んだ事も聞いた事もなかった。おそらくこれは生理的ではなくて、病理的に神経の異常から起こるハルシネーションの類だろうが、それにしても妙なものである。人殺しをしたものが長い年月・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・従って現在高知にそういう狩猟法が残存しているかどうか、また高知以外の日本のどの地方に過去現在のいずれかに同様なものが行われて来たかどうか、ということについても全然なんらの知識も持合わせていない。しかし、それだけにまた、自分にとっては三十余年・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・古い昔から物語や小説や講談に、どこまでがほんとうでどこまでがうそかはわからぬようなものばかりではあるがとにかく記録が多数に残存し、われわれは知らず知らずそういうものに習熟していつのまにか頭の中にいろいろな殺人事件の類型を作り上げしまいこんで・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・飛びおりてしまえば自分にはその建物もその所有者も、国土も宇宙も何もかも一ぺんに永久に無くなるのだから、飛ぶ場所の適否の問題も何もないであろうが、他の人にはやっぱり世界は残存しその建物と事件の記憶は残るであろう。 また数日たって後の雪のふ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
出典:青空文庫