・・・二宮金次郎氏は十四のときに父を失い、十六のときに母を失い、家が貧乏にして何物もなく、ためにごく残酷な伯父に預けられた人であります。それで一文の銭もなし家産はことごとく傾き、弟一人、妹一人持っていた。身に一文もなくして孤児です。その人がドウし・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 神イエスキリストをもて人の隠微たることを鞫き給わん日に於てである、其日に於て我等は人を議するが如くに議せられ、人を量るが如くに量らるるのである、其日に於て矜恤ある者は矜恤を以て審判かれ、残酷無慈悲なる者は容赦なく審判かるるのである、「我等・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ あるとき、フットボールは、みんなから、残酷なめにあわされるので、ほとんどいたたまらなくなりました。そして、いつも、いつも、こんなひどいめにあわされるなら、革が破れて、はやく、役にたたなくなってしまいたいとまで思いました。 こんなこ・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・でしたから、頼まれもせぬのに八尾の田舎まで私を迎えに来てくれたのも、またうまの合わぬ浜子に煙たがられるのも承知で何かと円団治の家の世話を焼きに来るのも、ただの親切だけでなく、自分ではそれと気づかぬ何か残酷めいた好奇心に釣られてのことかもしれ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 私はそんな横堀の様子にふっと胸が温まったが、じっと見つめているうちに、ふと気がつけば私の眼はもうギラギラ残酷めいていた。横堀の浮浪生活を一篇の小説にまとめ上げようとする作家意識が頭をもたげていたのだ。哀れな旧友をモデルにしようとしてい・・・ 織田作之助 「世相」
・・・これは残酷な空想だろうか? 否。まったく猫の耳の持っている一種不可思議な示唆力によるのである。私は、家へ来たある謹厳な客が、膝へあがって来た仔猫の耳を、話をしながら、しきりに抓っていた光景を忘れることができない。 このような疑惑は思・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・その溺死体の爪は残酷なことにはみな剥がれていたという。 それは岩へ掻きついては波に持ってゆかれた恐ろしい努力を語るものだった。 暗礁に乗りあげた駆逐艦の残骸は、山へあがって見ると干潮時の遠い沖合に姿を現わしていることがあった。・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・何たる残刻無情の一語ぞ、自分は今もってこの一語を悔いている。しかしその時は自分もかれの変化があまり情けないので知らず知らずこれを卑しむ念が心のいずこかに動いていたに違いない。『あハハハハハハ』かれも笑った。 不平と猜忌と高慢とですご・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・こういう場合、派手というのは、残酷の同意語であった。不明瞭な点を残さず、悉くそれを赤ときめて、一掃してしまえば功績も一層水際立って司令部に認められる。 大隊長は、そのへんのこつをよくのみこんでいた。彼は先ず武器を押収することを命じた。そ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ この世に於いて最も崇高にして且つ厳粛なるべき会合に顔を出して講演するなど、それはもう私にとりましてもほとんど残酷と言っていいくらいのもので、先日この教育会の代表のお方が、私のところに見えられまして、何か文化に就いての意見を述べよとおっしゃ・・・ 太宰治 「男女同権」
出典:青空文庫