・・・そのような事でさえ彼の血管へ一滴の毒液を注射するくらいな効果があった。二人が帰って後にぼんやり机の前にすわったきりで、その事ばかり考えていた。そういう時には彼の口中はすっかりかわき上がって、手の指がふるえていた。そうして目立って食欲が減退す・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・幾ミリグラムかの毒液を飲み終ると、もう石のように動かなくなってしまった。 そこへ若いF君がやって来た。自分はF君に、この虫が再び甦ると思うか、このままに死んでしまうと思うかと聞いた。もちろん自分にも分らなかったのである。F君は二〇プロセ・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・壁がやがて破れたと思うと、もう簔虫のわき腹に一滴の毒液が注射されるのであろう。 人間ならば来年の夏の青葉の夢でも見ながら、安楽な眠りに包まれている最中に、突然わき腹を食い破る狼の牙を感じるようなものである。これを払いのけるためには簔虫の・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
出典:青空文庫