・・・が、差当り僕の見た小杉未醒氏は、気の弱い、思いやりに富んだ、時には毛嫌いも強そうな、我々と存外縁の近い感情家肌の人物である。 だから僕に云わせると、氏の人物と氏の画とは、天岡の翁の考えるように、ちぐはぐな所がある訳ではない。氏の画はやは・・・ 芥川竜之介 「小杉未醒氏」
・・・のみならず、ことさらに、江戸がるのを毛嫌いして「そうです。」「のむです。」を行る名士が少くない。純情無垢な素質であるほど、ついその訛がお誓にうつる。 浅草寺の天井の絵の天人が、蓮華の盥で、肌脱ぎの化粧をしながら、「こウ雲助どう、こんたア・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
一 年中夫婦喧嘩をしているのである。それも仲が良過ぎてのことならとにかく、根っから夫婦一緒に出歩いたことのない水臭い仲で、お互いよくよく毛嫌いして、それでもたまに大将が御寮人さんに肩を揉ませると、御寮人さんは大将のうしろで拳骨を・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・私はただ今後書いて行くだろう小説の可能性に関しては、一行の虚構も毛嫌いする日本の伝統的小説とはっきり訣別する必要があると思うのだ。日本の伝統的小説にもいいところがあり、新しい外国の文学にもいいところがあり、二者撰一という背水の陣は不要だとい・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 私は生れつき特権というものを毛嫌いしていたので、私の学校が天下の秀才の集るところだという理由で、生徒たちは土地で一番もてる人種であり、それ故生徒たちは銭湯へ行くのにも制服制帽を着用しているのを滑稽だと思ったので、制服制帽は質に入れて、・・・ 織田作之助 「髪」
・・・鶴さんはやっぱりあたしを毛嫌いして帰らぬのだと、おろおろ泣きだしたところへ、電報が来た。照井が玄関へ受け取りに出て、配達人が一枝だったので、驚いた。「やあ、自転車が役に立ちましたね。いつかあんなことをいって済みません」 一枝はだまっ・・・ 織田作之助 「電報」
・・・生意気な若い詩人たちを毛嫌いする事はなはだし。内気な、勉強家の二、三の学生に対してだけは、にこにこする。 三、身の安楽ばかりを考える。一家中に於いて、子供よりも早く寝て、そうして誰よりもおそく起きる事がある。女房が病気をすると怒る。早く・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・さてこそ、そこに依怙や毛嫌いの私情が入り込む隙間があるのである。そういう中間的価値のものであれば、それを落第させたことに対する非難のあったときには、必ずどこかにはあるにきまっている弱味と欠点を指摘し強調すれば一応の申訳は立つであろうし、また・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・とにかく今日のいわゆるファイティング・スピリットの旺盛な勇士であって、今日なら一部の人士の尊敬の的になったであろうに、惜しいことに少し時代が早過ぎたために、若きウェルテルやルディン達にはひどく毛嫌いされたようであった。 先達て開かれた「・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・という標語を真向にかざして学者を毛嫌いする世人の少なくないのは、これらの方則の近似的な事を忘れているためである場合もある。それは別問題として、厳密な意味において普遍的な正確な方則が可能であろうか。方則というものの成り立ちが前に述べたようなも・・・ 寺田寅彦 「方則について」
出典:青空文庫