・・・エレーンは微かなる毛孔の末に潜みて、いつか昔しの様に帰らん。エレーンに八万四千の毛孔ありて、エレーンが八万四千壺の香油を注いで、日にその膚を滑かにするとも、潜めるエレーンは遂に出現し来る期はなかろう。 やがてわが部屋の戸帳を開きて、エレ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦るけれども、どこも一面に塞がって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。 そのうちに頭が変になった。行灯も蕪村の画も、畳も、違棚も有って無いような・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・余が想像の糸をここまでたぐって来た時、室内の冷気が一度に背の毛穴から身の内に吹き込むような感じがして覚えずぞっとした。そう思って見ると何だか壁が湿っぽい。指先で撫でて見るとぬらりと露にすべる。指先を見ると真赤だ。壁の隅からぽたりぽたりと露の・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・体中の毛穴から、一時に心に迫る新鮮さに浄められたようになって、私はすっかり御機嫌をなおしたのでございます。 C先生、 斯うやって物を書いて居る私の窓から瞳を遠く延すと、光る湖面を超えて、対岸の連山と、色絵具で緑に一寸触れたような別荘・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・い歴史教科書『国のあゆみ』がその精神において低劣なのは、あの本のどこにも日本人民のエネルギーの消長が語られていず、まるで秋雨のあと林にきのこが生える、というように日本の社会的推移をのべている点である。毛穴のない人工皮膚のような滑らかさで、こ・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・皮膚の弱いひろ子は、全く通風のない、びっしょり汗にぬれた肌も浴衣もかわくということのない監房の生活で、毛穴一つ一つに、こまかい赤い汗もが出来た。医者は、その汗もに歯みがき粉をつけておけと、云った。しまいに掌、足のうら、唇のまわりだけのこして・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫