・・・そして旱の多かった夏にも雨が一度来、二度来、それがあがるたびごとにやや秋めいたものが肌に触れるように気候もなって来た。 そうした心の静けさとかすかな秋の先駆は、彼を部屋の中の書物や妄想にひきとめてはおかなかった。草や虫や雲や風景を眼の前・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・二 昨日も今日も秋の日はよく晴れて、げに小春の天気、仕事するにも、散策を試みるにも、また書を読むにも申し分ない気候である。ウォーズウォルスのいわゆる『一年の熱去り、気は水のごとくに澄み、天は鏡のごとくに磨かれ、光と陰とい・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・人間もやはり自然界の一存在で、その住んでいる土地に出来るその季節の物を摂取するのが一番適当な栄養摂取方法で、気候に適応する上からもそれが必要で、台湾にいれば台湾米を食い、バナナを食うのが最も自然で栄養上からもそれがよいとのことである。野菜や・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・それが、雪の中で冬を過し、夏、道路に棄てられた馬糞が乾燥してほこりになり、空中にとびまわる、それを呼吸しているうちに、いつのまにか、肉が落ち、咳が出るようになってしまった。気候が悪いのだ。その間、一年半ばかりのうちに彼は、ロシア人を殺し、つ・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・此地には長寿の人他処に比べて多く、女も此地生れなるは品よくして色麗わしく、心ざま言葉つきも優しき方なるが多きよし、気候水土の美なればなるべし。上陸して逍遥したきは山々なれど雨に妨げられて舟を出でず。やがてまた吹き来し強き順風に乗じて船此地を・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ と、私は自分の部屋から声を掛けた。気候はまだ春の寒さを繰り返していたころなので、子供らは茶の間の火鉢の周囲に集まっていた。「オイ、じゃんけんだとよ。」 何かよい事でも期待するように、次郎は弟や妹を催促した。火鉢の周囲には三人の・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「本当にもう春のようですね、こちらの気候は」「暖いところですのね」 自分はもくもくと日のさした障子を見つめて、陽炎のような心持になる。「私ただ今お邪魔じゃございませんか」「何がです?」「お手紙はお急ぎじゃないのですか・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・実際千島カラフトの果てから台湾の果てまで数えれば、気候でもまず文化民の生活に適する限り一通りはそろっている。こういう珍しい千代紙式に多様な模様を染め付けられた国の首都としての東京市街であってみれば、おもちゃ箱やごみ箱を引っくり返したような乱・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・それで、太陽黒点と関係のあるらしい週期的な気象学的あるいは気候学的現象の異同が自然に干支と同じような週期性を示すことがしばしば起こりうるわけである。たとえばある特定の地方である「水の兄」の年に偶然水害があった場合に、それから十一年後の「水の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・しかし年の初め、例えば四、五月頃に七、八月の気候を予察して年の豊凶を卜し、そうしてあらかじめこれに備えることには十分な可能性がある。それについては既に従来にも我国の気象学者の間に色々の詳しい研究があり、次第にその問題の解決に向かって着実な考・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
出典:青空文庫