・・・わたしはまだ今までに、あのくらい気性の烈しい女は、一人も見た事がありません。もしその時でも油断していたらば、一突きに脾腹を突かれたでしょう。いや、それは身を躱したところが、無二無三に斬り立てられる内には、どんな怪我も仕兼ねなかったのです。が・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・女ながらに気性の勝れて強いお前たちの母上は、私と二人だけいる場合でも泣顔などは見せた事がないといってもいい位だったのに、その時の涙は拭くあとからあとから流れ落ちた。その熱い涙はお前たちだけの尊い所有物だ。それは今は乾いてしまった。大空をわた・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・こうして若い時から世の辛酸を嘗めつくしたためか、母の気性には濶達な方面とともに、人を呑んでかかるような鋭い所がある。人の妻となってからは、当時の女庭訓的な思想のために、在来の家庭的な、いわゆるハウスワイフというような型に入ろうと努め、また入・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・「何、旦那さん、癇癪持の、嫉妬やきで、ほうずもねえ逆気性でね、おまけに、しつこい、いんしん不通だ。」「何?……」「隠元豆、田螺さあね。」「分らない。」「あれ、ははは、いんきん、たむしだてば。」「乱暴だなあ。」「こ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ その間で嫂が僅に話す所を聞けば、市川の某という家で先の男の気性も知れているに財産も戸村の家に倍以上であり、それで向うから民子を強っての所望、媒妁人というのも戸村が世話になる人である、是非やりたい是非往ってくれということになった。民子は・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・が、むこう見ずはもともと私にとっては生れつきの気性らしかったし、それに、大阪から東京まで何里あるかも判らぬその道も、文子に会いに行くのだと思えば遠い気もしなかった、……とはいうものの、せめて汽車賃の算段がついてからという考えも、もちろん泛ば・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・かすようなことになるとわかっているのだから、同僚に無心された時、いっそきっぱりと断ったらよかりそうなものだ、また、そうするのが当然なのだ、と、それをきいた時私は思ったが、それがあの人には出来ないのだ。気性として出来ないのだ。しかもそれは、な・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 登勢は抜身の刀などすこしも怖がらず、そんな客のさっぱりした気性もむしろ微笑ましかったが、しかし夫がいやな顔をしているのを見れば、自然いい顔もできず、ふと迷惑めいた表情も出た。ところが、ある年の初夏、八十人あまりのおもに薩摩の士が二階と・・・ 織田作之助 「螢」
・・・が、泣くまいと堪えていたのは、生れつきの勝気な気性であったろうか。 しかし、寿子の眼は不思議に、冷たく冴え返っていた。その眼の光は、父親の庄之助でさえ、何かヒヤリと感ずる程であった。一皮目の切れの長いその眼は、仮面の眼のようであった。虚・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・が、結局持前の陽気好きの気性が環境に染まって是非に芸者になりたいと蝶子に駄々をこねられると、負けて、種吉は随分工面した。だから、辛い勤めも皆親のためという俗句は蝶子に当て嵌らぬ。不粋な客から、芸者になったのはよくよくの訳があってのことやろ、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫