・・・ 飛下りて、胴の間に膝をついて、白髪天頭を左右に振ったが、突然水中へ手を入れると、朦朧として白く、人の寝姿に水の懸ったのが、一揺静に揺れて、落着いて二三尺離れて流れる、途端に思うさま半身を乗出したので反対の側なる舷へざぶりと一波浴せたが・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・例の紺の筒袖に、尻からすぽんと巻いた前垂で、雪の凌ぎに鳥打帽を被ったのは、いやしくも料理番が水中の鯉を覗くとは見えない。大きな鷭が沼の鰌を狙っている形である。山も峰も、雲深くその空を取り囲む。 境は山間の旅情を解した。「料理番さん、晩の・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・自分は胸きりの水中容易に進めないから、しぶきを全身に浴びつつ水に咽せて顔を正面に向けて進むことはできない。ようやく埒外に出れば、それからは流れに従って行くのであるが、先の日に石や土俵を積んで防禦した、その石や土俵が道中に散乱してあるから、水・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷やしコーヒ、氷西瓜、ビイドロのおはじき、花火、水中で花の咲く造花、水鉄砲、水で書く万年筆、何でもひっつく万能水糊、猿又の紐通し、日光写真、白髪染め、奥州名物孫太郎虫、迷子札、銭亀、金・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・彼らはいちはやく水中眼鏡と鉤針を用意する。瀬や淵へ潜り込む。あがって来るときは口のなかへ一ぴき、手に一ぴき、針に一ぴき! そんな溪の水で冷え切った身体は岩間の温泉で温める。馬にさえ「馬の温泉」というものがある。田植で泥塗れになった動物がピカ・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・熱鉛を水中に滴下すれば、さまざまの奇形を生ずる。しかし一つ一つの形は自然科学には一顧の価もない。しかし精神科学では個性的なものが最も価あるものである。フリードリッヒ大王や、ゲーテの事蹟は斯学の対象として、いつまでも研究をつづけていかれる。・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・とにかく竿を放そうとして二、三度こづいたが、水中の人が堅く握っていて離れない。もう一寸一寸に暗くなって行く時、よくは分らないが、お客さんというのはでっぷり肥った、眉の細くて長いきれいなのが僅に見える、耳朶が甚だ大きい、頭はよほど禿げている、・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ろしく陳腐の言葉、けれどもこれは作者の親切、正覚坊の甲羅ほどの氷のかけら、どんぶりこ、どんぶりこ、のどかに海上ながれて来ると、老練の船長すかさずさっと進路をかえて、危い、危い、突き当ったら沈没、氷山の水中にかくれてある部分は、そうですねえ、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・それからまた池にはいったと思うとせわしなく水中にもぐり込んでは底の泥をくちばしでせせり歩く。その水中を泳ぐ格好がなかなか滑稽で愛敬があり到底水上では見られぬ異形の小妖精の姿である。鳥の先祖は爬虫だそうであるが、なるほどどこか鰐などの水中を泳・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ 田中館先生が電流による水道鉄管の腐蝕に関する研究をされた時、やはりこの池の水中でいろいろの実験をやられたように聞いている。その時に使われた鉄管の標本が、まだ保存されているはずである。 月島丸が沈没して、その捜索が問題となった時に、・・・ 寺田寅彦 「池」
出典:青空文庫