・・・ そこに大きなテーブルが置いてあって、水晶で造ったかと思われるようなびんには、燃えるような真っ赤なチューリップの花や、香りの高い、白いばらの花などがいけてありました。テーブルに向かって、ひげの白いじいさんが安楽いすに腰かけています。かた・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・そして、ピアノをお弾きなさるお姉さまが、すきとおるお声で、外国の歌をうたいなさるお姿は、いつもよりかいっそう神々しく見えたのであります。水晶のようなお目は星のごとく輝いて、涙が浮かんでいたのでありました。 露子は、自分の母さまや、父さま・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ 明くる日正雄さんは、また海辺へいきますと、もう自分より先にその子供がきていまして、昨日のよりさらに美しいさんごや、紫水晶や、めのうなどを持ってきて、あげようといって、正雄さんの前にひろげたのであります。正雄さんは、昨日の晩、お父さんや・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・あの水晶のように明るい雪解けの春の景色はなんともいえませんからね。それまで、私は、あらしや、吹雪の唄でも楽しんできいています。そして、あなたたちが、岩穴の中で、こうもりのおばあさんからきいた、不思議のおとぎばなしを教えてくだされば、私は、西・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・ おそらく死に際の幻覚には目にたてて見る塵もない自分の家の前庭や、したたり集って来る苔の水が水晶のように美しい筧の水溜りが彼を悲しませたであろう。 これがこの小さな字である。 断片 二 温泉は街道から幾折れかの石・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている。 何があんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・隅田川の水としいえば黄ばみ濁りて清からぬものと思い馴れたれど、水上にて水晶のようなる氷をさえ出すかと今更の如くに、源の汚れたる川も少く、生れだちより悪き人の鮮かるべきを思う。ここの町よりただ荒川一条を隔てたる鉢形村といえるは、むかしの鉢形の・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・たとえば水晶で作られたようなプランクトンがスクリーンいっぱいに活動しているのを見る時には、われわれの月並みの宇宙観は急に戸惑いをし始め、独断的な身勝手イデオロギーの土台石がぐらつき始めるような気がするであろう。不幸にしてこういう映画の、こと・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・たとえば極上等のダイアモンドや水晶はほとんど透明である。しかし決して不可視ではない。それどころか、たとえ小粒でも適当な形に加工彫琢したものは燦然として遠くからでも「視える」のである。これはこれらの物質がその周囲の空気と光学的密度を異にしてい・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 縁先の萩が長く延びて、柔かそうな葉の面に朝露が水晶の玉を綴っている。石榴の花と百日紅とは燃えるような強い色彩を午後の炎天に輝し、眠むそうな薄色の合歓の花はぼやけた紅の刷毛をば植込みの蔭なる夕方の微風にゆすぶっている。単調な蝉の歌。とぎ・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫