・・・という水禽のみ、黒み行く浪の上に暮れ残りて白く見ゆるに、都鳥も忍ばしく、父母すみたもう方、ふりすてて来し方もさすがに思わざるにはあらず。海気は衣を撲って眠り美ならず、夢魂半夜誰が家をか遶りき。 二十七日正午、舟岩内を発し、午後五時寿都と・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・な別荘地的の光景を存していたのだから、まして中川沿い、しかも平井橋から上の、奥戸、立石なんどというあたりは、まことに閑寂なもので、水ただ緩やかに流れ、雲ただ静かに屯しているのみで、黄茅白蘆の洲渚、時に水禽の影を看るに過ぎぬというようなことで・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ ところが、それから五六日して、上野動物園で貘の夫婦をあらたに購入したという話を新聞で読み、ふとその貘を見たくなって学校の授業がすんでから、動物園に出かけていったのであるが、そのとき、水禽の大鉄傘ちかくのベンチに腰かけてスケッチブックへ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・今日不忍池の周囲は肩摩轂撃の地となったので、散歩の書生が薄暮池に睡る水禽を盗み捕えることなどは殆ど事実でないような思いがする。然し当時に在っては、不忍池の根津から本郷に面するあたりは殊にさびしく、通行の人も途絶えがちであった。ここに雁の叙景・・・ 永井荷風 「上野」
・・・みぎわを葦がそよいだ。水禽が人々の慰みのためキラキラ水玉をころがして羽ばたきをしたりくちばしで泥から餌をあさったりしている。 ヴィクトリア公園で池は狭い。一寸行くとボートは島みたいなものにぶつかったり、橋げたにすいつく。それでも、市大会・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫