・・・種吉は氷水を註文に行った。 銀蠅の飛びまわる四畳の部屋は風も通らず、ジーンと音がするように蒸し暑かった。種吉が氷いちごを提箱に入れて持ち帰り、皆は黙々とそれをすすった。やがて、東京へ行って来た旨蝶子が言うと、種吉は「そら大変や、東京は大・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・家の隣りは駄菓子屋だが、夏になると縁台を出して氷水や蜜豆を売ったので、町内の若い男たちの溜り場であった。安子が学校から帰って、長い袂の年頃の娘のような着物に着替え、襟首まで白粉をつけて踊りの稽古に通う時には、もう隣りの氷店には五六人の若い男・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・卒倒しそうになると氷屋へはいって休み休みしたので、とうとう一日に十一杯の氷水をのんだ。そうして下宿へ帰ると井戸端へ行って水ごりをとった。それでも、あるいはそのおかげで、からだに別条はなかった。 滞欧中の夏はついに暑さというものを覚えなか・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・手品か軽業か足芸のようなものを見て、帰りに葦簾張りの店へはいって氷水を飲むか、あるいは熱い「ぜんざい」を食った。この熱いぜんざいが妙に涼しいものであった。店とはいっても葦簾囲いの中に縁台が四つ五つぐらい河原の砂利の上に並べてあるだけで、天井・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・あなた方は講演よりも茶菓子が食いたくなったり酒が飲みたくなったり氷水が欲しくなったりする。その方が内発的なのだから自然の推移で無理のないところなのである。 これだけ説明しておいて現代日本の開化に後戻をしたらたいてい大丈夫でしょう。日本の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫