・・・もう、だいぶ暑いころで、少年は、汗だくで捜し廻り、とうとう或る店の主人から、それは、うちにはございませぬが、横丁まがると消防のもの専門の家がありますから、そこへ行ってお聞きになると、ひょっとしたら、わかるかも知れません、といいこと教えられ、・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・細君にせがまれたらしく、ばかな主人は、もっともらしい顔をして、この棚を作ったのだが、いや、どうにも不器用なので、細君が笑いだしたら、主人の汗だくで怒って曰くさ、それではお前がやりなさい、へちまの棚なんて贅沢品だ、生活の様式を拡大するのは、僕・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・ 故郷の人たちは、魚容が帰って来ても、格別うれしそうな顔もせず、冷酷の女房は、さっそく伯父の家の庭石の運搬を魚容に命じ、魚容は汗だくになって河原から大いなる岩石をいくつも伯父の庭先まで押したり曳いたり担いだりして運び、「貧して怨無きは難・・・ 太宰治 「竹青」
・・・こんな趣きの無い原っぱに、日本全国から、ぞろぞろ人が押し寄せ、汗だくで押し合いへし合い、一寸の土地を争って一喜一憂し、互に嫉視、反目して、雌は雄を呼び、雄は、ただ半狂乱で歩きまわる。頗る唐突に、何の前後の関聯も無く「埋木」という小説の中の哀・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・山中に住む野兎ならば、あるいは猟夫の油断ならざる所以のものを知っていて、之を敬遠するのも亦当然と考えられるのであるが、まさか博士は、わざわざ山中深くわけいり、野生の兎を汗だくで捕獲し、以て実験に供したわけでは無いと思う。病院にて飼養されて在・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・往来を、大きなカボチャを三つ荒縄でくくって背負い、汗だくで歩いているおかみさんがある。私はそれを指さして、「たいていは、あんなひどいものなんですからね。創意も工夫もありやしない。」医師は、妙な顔をして、ええ、と言った。はっと思うまもなく、そ・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・一九二八年代、どこのホテルの廊下ででも給仕男が大きな盆に茶や食物やをのっけ、汗だくで運んで行く恰好を見ることが出来た。むかし築地小劇場がたくみな模倣でゴーゴリの検察官を上演した。あの劇中でも金のないフレスタコフのあなぐら部屋へ靴の裏みたいな・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
出典:青空文庫