・・・誠に振わぬ句であるけれど、その代り大疵もないように思うて、これに極めた。 今まで一句を作るにこんなに長く考えた事はなかった。余り考えては善い句は出来まいが、しかしこれがよほど修行になるような心持がする。此後も間があったらこういうように考・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・結局洪積紀は地形図の百四十米の線以下という大体の見当も附けてあとは先生が云ったように木の育ち工合や何かを参照して決めた。ぼくは土性の調査よりも地質の方が面白い。土性の方ならただ土をしらべてその場所を地図の上にその色で取っていくだけなのだが地・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 新しい力が、古い根づよいものによって決められ、しかしついにはいつか新しい力が農村の旧習を修正してゆく現実の有様を描いてある。こういう本は字引がいらない。 十一月三日。 時計がまた一時間進んだ。すっかり極東時間――日本と同じ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・しかしなるたけ思わないようにしている。極めずに置く。画をかくには極めなくても好いからね。」「そんなら君が仮に僕の地位に立って、歴史を書かなくてはならないとなったら、どうする。」「僕は歴史を書かなくてはならないような地位には立たない。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・翌日ごろはいずれも決めて鎌倉へいでましなさろうに……後れては……」「それもそうじゃ,そうでおじゃる。さらば物語は後になされよ。とにかくこの敗軍の体を見ればいとど心も引き立つわ」「引き立つわ、引き立つわ、糸のように引き立つわ。和主もこ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ナポレオンの腹の上では、径五寸の田虫が地図のように猖獗を極めていた。この事実を知っていたものは貞淑無二な彼の前皇后ジョセフィヌただ一人であった。 彼の肉体に植物の繁茂し始めた歴史の最初は、彼の雄図を確証した伊太利征伐のロジの戦の時である・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・私は漁師の群れに投じてともに働くか、でなければ傍観者としての自己の立場を是認するか、いずれかに道を極めなければならなくなった。そして私の頭には百姓とともに枯れ草を刈るトルストイの面影と、地獄の扉を見おろして坐すべきあの「考える人」の姿とが、・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫