・・・いくらおれの弟子にしたところが、立派な仙人になれるかなれないかは、お前次第で決まることだからな。――が、ともかくもまずおれと一しょに、峨眉山の奥へ来て見るが好い。おお、幸、ここに竹杖が一本落ちている。では早速これへ乗って、一飛びに空を渡ると・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・如何なる階級の人にも如何なる程度の人にも其興味と感化とを頒ちたいものである、古への茶の湯は今日の如く、人事の特別なものではない、世人の思う如く苦度々々しきものではない、変手古なものではない、又軽薄極まる形式を主としたものではない、形の通・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・は談林の病処を衝いた痛快極まる冷罵であった。 緑雨が初めて私の下宿を尋ねて来たのはその年の初冬であった。当時は緑雨というよりは正直正太夫であった。私の頭に深く印象しているは「小説八宗」であって、驚くべき奇才であるとは認めていたが、正直正・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・たり、毒舌をきかせて痛快がったり、他人の棚下しでめしを食ったり、することは好まぬし、関西に一人ぽっちで住んで文壇とはなれている方が心底から気楽だと思う男だが、しかし、文壇の現状がいつまでも続いて、退屈極まる作品を巻頭か巻尾にのせた文学雑誌を・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・も云々というような、こんな独創的な言葉を発明した日本ほど、実は猫になりたがり、杓子になりたがる人間の多い国はないのですから、全く皮肉極まる話で、いや、実にお話になりません。 みなさんは、日本を敗戦国にしたのは、軍閥と官僚だとお思いになっ・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・更に言えば、戯曲の一幕はたいてい三十分か一時間を克明にうつすので時間的に窮屈極まる。そこで、小説では場面場面の描写を簡略にし、年代記風のものを書きたいと思い、既に二作目の「雨」でそれをやった。してみれば、私の小説は、すくなくともスタイルは、・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・書記官と聞きたる綱雄は、浮世の波に漂わさるるこのあわれなる奴と見下し、去年哲学の業を卒えたる学士と聞きたる辰弥は、迂遠極まる空理の中に一生を葬る馬鹿者かとひそかに冷笑う。善平はさらに罪もなげに、定めてともに尊敬し合いたることと、独りほくほく・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・それによって、判決が決まるわけである。そこへ来ると、傍聴に来ているどの母たちも首をのばして、耳をすました。 そっちから派遣されてきたオルグの、懲役五年を求刑されていた黒田という人は、立ち上って、「裁判長がそのような問いを発すること自体が・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・この悪徳の芸術家は、女房の取調べと同時に、勿論、市の裁判所に召喚され、予審検事の皮肉極まる訊問を受けた筈であります。 ――どうも、とんだ災難でございましたね。(と検事は芸術家に椅子を薦奥さんのおっしゃる事は、ちっとも筋道がとおりませんの・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・すすめられるままに、ただ阿呆のように、しっかりビイルを飲んで、そうして長押の写真を見て、無礼極まる質問を発して、そうして意気揚々と引上げて来た私の日本一の間抜けた姿を思い、頬が赤くなり、耳が赤くなり、胃腑まで赤くなるような気持であった。・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫