・・・主観は主観の無限地獄を掘り穿って、そこに彼の犀鋭な精神は没入し去ってしまったのであった。 芥川龍之介の歴史に対する態度、それが彼の人及び芸術家としていかなる必然に立っていたかということは、同時代人である菊池寛の歴史的素材を扱った初期の短・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ローレンスは、生活の現実におそいかかって来る果しない矛盾、恐怖、解決の見出されない不安を、感覚の世界へ没入することでいやされ、人生との和睦を見出したのだった。その感覚的生存感の核心を性に見出したのだった。 ローレンスの勇気にかかわらず、・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・は触れてゆき、理解し、没入して行こうとしていると思われるのであるが、氏は作家としてそれを全く感性的に行っている。謂わば好みにしたがってだけやっている。そして氏の好みは、過去からの時代性をニュアンスとして持ち、現代の時代性の一面の投影をうけ余・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・向がそうであったと云うばかりでなく、また、藤村自身が二十歳を越したばかりの多感な時代にあったというばかりでなく、彼の処女詩集『若菜集』につづく四冊の詩集が、激しい自然への思慕、ロマンティックな自然への没入を示している心理の遠く深いところには・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・けれども、彼が芸術として俳諧に求めたのは、西鶴のような現象を追うばかりの浮世絵巻としてではない俳諧、門左衛門のように己とひとを涙にとかす悲劇に我から没入せず、何かより勁い人間精神の高揚によって社会悲劇をも克服した芸術としての俳諧、そういうも・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・し得るのであるとして、自分は、ひとりローマをみて来たものの苦しくよろこばしい回顧、高踏的な孤独感を抱きつつ、真直に日本の全く伝統的なものの中に、再び新たに自ら傷くロマンティシズムで江戸の人情本の世界に没入して行ってしまったのである。 日・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・しかし一向宗の信仰に没入して行くような性格は、依然として変わらなかったであろうし、そのゆえにキリシタンに対する理解や同情があったであろうことも、察するに難くない。それがおのずから宣教師によき印象を与えたのであろう。が、周囲の情況は彼をキリシ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・そうして子供は一切を忘れて、この探求に自己を没入するのである。松林の下草の具合、土の感じ、灌木の形などは、この探求の道においてきわめて鋭敏に子供によって観察される。茸の見いだされ得るような場所の感じが、はっきりと子供の心に浮かぶようになる。・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
・・・むしろ自己が、その焦点において、対手の内に没入しているのである。けれどもいかに自分を離れた気持ちになっていても、「自分」が「対手」になることはできない。対手の感情を感じながら、実はやはり自分自身の感情を感じているに過ぎない。いわば自己を客観・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・象徴を捕える異様な敏感、自己を内より押し出そうとする内的緊張、あらゆる物と心の奥に没入し得る強度の同情心、見たものを手の先からほとばしらせる魔術のような能力。――これが芸術創作における最も特殊な点である。 しかし、いわゆる創作が必ず右の・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫