・・・私は始めから煮えていたが、エマソンによって沸きこぼれたまでの話だ」といっている。私はこのホイットマンの言葉を驕慢な言葉とは思わない。この時エマソンはホイットマンに向かって恩恵の主たることを自負しうるものだろうか。ホイットマンに詩人がいなかっ・・・ 有島武郎 「想片」
・・・常に岩の間から熱湯を沸き上げている。あたりには、白く霧がかゝっている。溪川には、湯が湧き出で、白い湯花が漂って、岩に引っかゝっているところもある。 崖の上に一軒のみすぼらしい茶屋があった。渋温泉に来た客は、此の地獄谷へ来るものはあっても・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・ と言ったばかりで僕の血は沸きます。則ち僕をして北海道を思わしめたのもこれです。僕は折り折り郊外を散歩しますが、この頃の冬の空晴れて、遠く地平線の上に国境をめぐる連山の雪を戴いているのを見ると、直ぐ僕の血は波立ちます。堪らなくなる! 然しで・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・谷川の水、流れとともに大海に注がないで、横にそれて別に一小沢を造り、ここに淀み、ここに腐り、炎天にはその泥沸き、寒天にはその水氷り、そしてついには涸れゆくをまつがごときである。しかしかれと対座してその眼を見、その言葉をきくと、この例でもなお・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・われらの優しい主を護り、一生永く暮して行こう、と心の底からの愛の言葉が、口に出しては言えなかったけれど、胸に沸きかえって居りました。きょうまで感じたことの無かった一種崇高な霊感に打たれ、熱いお詫びの涙が気持よく頬を伝って流れて、やがてあの人・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・城中は喜びに沸きかえりました。けれども産後のラプンツェルは、日一日と衰弱しました。国中の名医が寄り集り、さまざまに手をつくしてみましたが愈々はかなく、命のほども危く見えました。「だから、だから、」ラプンツェルは、寝床の中で静かに涙を流し・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ルムフォードの有名な実験は「水が沸きさえもした」事に要点があった。ロバート・マイヤーがフラスコの水を打ち振った後にジョリーの室へ駆け込んで "Es ischt so !" と叫んだのは水が「あたたまった」ためで、それが何度点何々上ったためで・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・少し少ないけれど、多いと沸きが遅うて」お絹はそう言って、釜の下を覗いたり、バケツに水を汲んできたりした。 湯から上がると、定連の辰之助や、道太の旧知の銀行員浅井が来ていた。六 観劇は案じるよりも産みやすかった。 季節・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 濛々と天地を鎖す秋雨を突き抜いて、百里の底から沸き騰る濃いものが渦を捲き、渦を捲いて、幾百噸の量とも知れず立ち上がる。その幾百噸の煙りの一分子がことごとく震動して爆発するかと思わるるほどの音が、遠い遠い奥の方から、濃いものと共に頭の上・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫