・・・ そんな事はどうでもいいが、とにかくに骨董ということは、貴いものは周鼎漢彝玉器の類から、下っては竹木雑器に至るまでの間、書画法帖、琴剣鏡硯、陶磁の類、何でも彼でも古い物一切をいうことになっている。そして世におのずから骨董の好きな人がある・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「正木先生は大分漢書を集めて被入っしゃいます――法帖の好いのなども沢山持って被入っしゃる」と先生は高瀬に言った。「何かまた貴方も借りて御覧なすったら可いでしょう」「ええ、まあボツボツ集めてます……なんにも子供に遺して置く物もありませ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・宿の二階から毎日見下ろして御なじみの蚕種検査の先生達は舳の方の炊事場の横へ陣どって大将らしき鬚の白いのが法帖様のものを広げて一行と話している。やっと出帆したのが十二時半頃。甲板はどうも風が寒い。艫の処を見ると定さんが旗竿へもたれて浜の方を見・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・ちょうど金石文字や法帖と同じ事で、書を見ると人格がわかるなどと云う議論は全くこれから出るのであろうと考えられます。だから、この技巧はある程度の修養につれて、理想を含蓄して参ります。しかし前種の技巧、すなわち物に対する明暸なる知覚をそのままに・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫