・・・が、僕は僕の父よりも水々しい西洋髪に結った彼女の顔を、――殊に彼女の目を考えていた。 僕が病院へ帰って来ると、僕の父は僕を待ち兼ねていた。のみならず二枚折の屏風の外に悉く余人を引き下らせ、僕の手を握ったり撫でたりしながら、僕の知らない昔・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・「あの西洋髪に結った女か?」「うん、風呂敷包みを抱えている女さ。あいつはこの夏は軽井沢にいたよ。ちょっと洒落れた洋装などをしてね」 しかし彼女は誰の目にも見すぼらしいなりをしているのに違いなかった。僕はT君と話しながら、そっと彼・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・「おじさん、ひどい、間違ったら高島田じゃありません、やむを得ず洋髪なのよ。」「おとなしくふっくりしてる癖に、時々ああいう口を利くんですからね。――吃驚させられる事があるんです。――いつかも修善寺の温泉宿で、あすこに廊下の橋がかりに川・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・彼女たち――すなわち、此の界隈で働く女たち、丸髷の仲居、パアマネント・ウエーヴをした職業婦人、もっさりした洋髪の娼妓、こっぽりをはいた半玉、そして銀杏返しや島田の芸者たち……高下駄をはいてコートを着て、何ごとかぶつぶつ願を掛けている――雨の・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・無雑作の洋髪なんかが、いいのだろう? 女優だね。むかしの帝劇専属の女優なんかがいいのだよ。」「ちがうね。女優は、けちな名前を惜しがっているから、いやだ。」「茶化しちゃいけない。まじめな話なんだよ。」「そうさ。僕も遊戯だとは思って・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・ 水浅黄っぽい小紋の着物、肉づきのよい体に吸いつけたように着、黒繻子の丸帯をしめた濃化粧、洋髪の女。庭下駄を重そうに運んで男二人のつれで歩いて来た。「どっちへ行こうかね」「――どちらでも……」 女、描いた眉と眼元のパッと・・・ 宮本百合子 「百花園」
出典:青空文庫