・・・ 我々青年を囲繞する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々まで発達している。――そうしてその発達がもはや完成に近い程度まで進んでいることは、その制度の有する欠陥の日一日明白・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・取りて持返して透したれば、流動体の平面斜めになりぬ。何ならむ、この薬、予が手に重くこたえたり。 じっとみまもれば心も消々になりぬ。 その口の方早や少しく減じたる。それをば命とや。あまり果敢なさに予は思わず呟きぬ。「たッたこれだけ・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・ 愉快な問題にも、不愉快な疑問にも、僕は僕そッくりがひッたり当て填る気がして、天上の果てから地の底まで、明暗を通じて僕の神経が流動瀰漫しているようだ。すること、なすことが夢か、まぼろしのように軽くはかどった。そのくせ、得たところと言って・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・れで今度はお前から注文しなさいと言えば、西瓜の奈良漬だとか、酢ぐきだとか、不消化なものばかり好んで、六ヶしうお粥をたべさせて貰いましたが、遂に自分から「これは無理ですね、噛むのが辛度いのですから、もう流動物ばかりにして下さい」と言いますので・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・今や落日、大洋、清風、蒼天、人心を一貫して流動する所のものを感得したり。 かるが故にわれは今なお牧場、森林、山岳を愛す、緑地の上、窮天の間、耳目の触るる所の者を愛す、これらはみなわが最純なる思想の錨、わが心わが霊及びわが徳性の乳母、導者・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・土と、かびの臭いに満ちた空気の流動がかすかに分る。鉱車は、地底に這っている二本のレールを伝って、きし/\軋りながら移動した。 窮屈な坑道の荒い岩の肌から水滴がしたゝり落ちている。市三は、刀で斬られるように頸すじを脅かされつゝ奥へ進んだ。・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・たとえば紡績機械の流動のリズムと、雪解けの渓流のそれと、またもう一つ綿羊の大群の同じ流れとの交互映出のごときも、いくらかそうである。しかしこういう流動に、さらに貨物車の影がレールの上を走るところなどを重出して、結局何かしら莫大な運動量を持っ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・また一方で前記の放射状対流渦の立派に現われる場合は、いずれも求心的流動の場合であるから、放電陰像の場合もあるいは求心的な物質の流れがあるのではないかと想像させる。水流の場合には一般に流線の広がる時に擾乱が起こるが流線が集約する時にはそれが整・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・いわゆる思想は流動しても科学的の事実は動かないからであろう。馬の手綱のとり方の要領の変わらないのは、千年や二千年ぐらいたっても馬はやはり同じ馬だからであろう。一人の哲学者が一言二言いったというだけで人間全体が別種の存在に変わって人間界の方則・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ あるいはまた、香気ないし臭気を含んだ空気が鳥に相対的に静止しているのでは有効な刺激として感ぜられないが、もしその空気が相対的に流動している場合には相当に強い刺激として感ぜられるというようなことがないとも限らない。 鳥の鼻に嗅覚はな・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
出典:青空文庫