・・・ 水の流れや風の吹くのを見てもそれは決して簡単な一様な流動でなくて、必ずいくらかの律動的な弛張がある、これと同じように生物の発育でも決して簡単な二次や三次の代数曲線などで表わされるようなものではない。 例えば昆虫の生涯を考えても、卵・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ 私のこのはなはだ不完全に概括的な、不透明に命題的な世迷い言を追跡する代わりに、読者はむしろ直接に、たとえば猿蓑の中の任意の一歌仙を取り上げ、その中に流動するわが国特有の自然環境とこれに支配される人間生活の苦楽の無常迅速なる表象を追跡す・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・これに賛せざる諸君よ、諸君は尚かの中世の煩瑣哲学の残骸を以てこの明るく楽しく流動止まざる一千九百二十年代の人心に臨まんとするのであるか。今日宗教の最大要件は簡潔である。吾人の哲学はこの二語を以て既に千六百万人の世界各地に散在する信徒を得た。・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・牝鹿がある時どんなに優しく、ある時どんなに猛くてもやはりそれなり牝鹿らしいと見るままの心で女の女らしさが社会の感情の中に流動していたのであったと思われる。 近松になると、もう明瞭に女の女らしさ、男の心に対置されたものとしての女心の独特な・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ こう書いて来て思うのだが、プロレタリアの力がのびてくるにつれ、諷刺の形式をとった文学は段々小型になって、ますます流動性せん動性をもって来るのではないだろうか。 もうこれからはゴーゴリの作品のような型で諷刺する諷刺文学は、プロレタリ・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・ ヴォルフのカメラはまるで美感と温さとをもった生きもののようで、独特の生命に流動しながら、対象の極めて自然な、しかも性格的なモメントをとらえている。最高の機械と技術とが駆使されていることは明らかなのだが、ヴォルフの製作の一つ一つの態度は・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・これ等は、おもに流動する貨幣のみちびきかた、適当な配分を考究して、金によって支配される、生活に必須な物質方面から、人間生活を正当なものに落ち付けて行こうとするのではないでしょうか。けれども、私が、深く疑問に思うことは、それ等の諸問題が学理的・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・そしてまた、音そのものの記号の上にだけ民族的特徴をとらえたとして、それの羅列で作ったところで、やはり流動する生命のリズムとしての民族性は人の心をうつものたり得ないことが実感されたのも興味ふかかった。文学は、文字でかかれつつ文字の上にだけその・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・クロッキーにおいて細部は追究されず、しかし流動する物体のエネルギーそのものの把握が試みられる。次の瞬間もうそこにはないその瞬間の腕の曲線、頸の筋骨の隆起、跳躍の姿がとらえられる。だが、そのうちに、ダイナミックに自然法則はとらえられる。「風知・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・一月の時日の間に、彼等の間には何の流動、何の心的交通も開けては居ないのである。どうして其ですんで行くだろう、此が一年続いても、二年続いても、彼等は平気なのだろうか、恐ろしくなる。 私と云うものを挾んで相対する彼等は、私に対してはどちらも・・・ 宮本百合子 「傾く日」
出典:青空文庫