・・・入院中流産なされ候御婦人は、いまは大方に快癒、鬱散のそとあるきも出来候との事、御安心下され度候趣、さて、ここに一昨夕、大夕立これあり、孫八老、其の砌某所墓地近くを通りかかり候折から、天地晦冥、雹の降ること凄まじく、且は電光の中に、清げなる婦・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・そして、子供は流産したが、この疑いだけは長年育って来て、貧乏ぐらしよりも辛かった……。 そんなことがあってみれば、松本の顔が忘れられる筈もない。げんに眼の前にして、虚心で居れるわけもない。坂田は怖いものを見るように、気弱く眼をそらした。・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・では、おせいは一度流産したことになっている。何カ月目だったか、とにかく彼女のいわゆるキューピーのような恰好をしていたのを、彼女の家の裏の紅い桃の木の下に埋めた――それも自分が呪い殺したようなものだ――こうおせいに言わしてある。で今度もまた、・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・女達はよく流産をした。子供は生れても乳がなくなって死んで行くのが少くなかった。 役員はたび/\見まわりに這入って来た。彼等の頭上にも鉱石は光っていた。役員は、それをも掘り上げることを命じた。「これゃ、支柱をあてがわにゃ、落盤がありゃ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・お腹がふくれると、口が殖える将来を案じて、出来ることなら流産てしまえば可いがと不養生のありたけをして、板の間にじかに坐ったり、出水の時、股のあたりまである泥水の中を歩き廻ったりしたにもかかわらず、くりくりと太った丈夫な男の児が生れた。私・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 合法的人工流産は、これ等数種の積極的条件の最後にあって、母性の擁護と秘密な罪悪の防止に役立てられている。 金髪のターニャひとりが、何か彼女の特別な理由で、このように広汎な社会連帯の上に、彼女の若き勤労婦人としての独立、恋愛の自由、・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ それならば、安直な便宜主義のために善い意図さえ流産させる行動感覚は、民主主義文学者の間にだけ残されている古さなのだろうか。もし、そうであるならば、高桑純夫が十五年前に立ちもどったきょうの日本において「怒りうる日本人」の価値を語っている・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ 事変になってから乳児の死亡率の高くなったことや若い母の流産死産のふえたことも、やはり人々の注意をひいたことであった。 婦人は社会的に働いても永続性がないからと、女性の能力の低さの一つとしていわれるけれども、この事の一面には、働かせ・・・ 宮本百合子 「女性の現実」
・・・ターニャ・イワノヴナは 人工流産の手術を受けた。二十五留払って、三日病院の人工流産部に横わって居る筈であった。三日は三月になった。四ヵ月目に、二十二歳のターニャ・イワノヴナが髪の毛と食慾と永久に健康な子宮を失って家に帰った時、彼女は更に一つ・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・去年初めて姙娠したとき、多喜子は自分の健康に自信をもちすぎていて、テニスをしたり自転車にのったりしたために流産をした。小枝子はそのことをさしているのであった。 一仕事すんだくつろぎで番茶をのんでいると小枝子が、「きょうの『女の言葉』・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫