・・・投げ出していた足を折りまげて尻を浮かして、両手をひっかく形にして、黙ったままでかかって来たから、僕はすきをねらってもう一度八っちゃんの団子鼻の所をひっかいてやった。そうしたら八っちゃんは暫く顔中を変ちくりんにしていたが、いきなり尻をどんとつ・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・一人坊っちになるとそろそろ腹のすいたのを感じだしでもしたか、その子供は何の気なしに車から尻を浮かして立ち上がろうとしたのだ。その拍子に牛乳箱の前扉のかけがねが折り悪しくもはずれたので、子供は背中から扉の重みで押さえつけられそうになった。驚い・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ と驚いて女房は腰を浮かして遁げさまに、裾を乱して、ハタと手を支き、「何ですねえ。」 僧は大いなる口を開けて、また指した。その指で、かかる中にも袖で庇った、女房の胸をじりりとさしつつ、(児を呉 と聞いたと思うと、もう何に・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と少し膝を浮かしながら、手元を覗いて憂慮しそうに、動かす顔が、鉄瓶の湯気の陽炎に薄絹を掛けつつ、宗吉の目に、ちらちら、ちらちら。「大丈夫、それこの通り、ちょいちょいの、ちょいちょいと、」「あれ、止して頂戴、止してよ。」 と・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・……湯気に山茶花の悄れたかと思う、濡れたように、しっとりと身についた藍鼠の縞小紋に、朱鷺色と白のいち松のくっきりした伊達巻で乳の下の縊れるばかり、消えそうな弱腰に、裾模様が軽く靡いて、片膝をやや浮かした、褄を友染がほんのり溢れる。露の垂りそ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ と壁の隅へ、自分の傍へ、小膝を浮かして、さらりと遣って、片手で手巾を捌きながら、「ほんとうにちと暖か過ぎますわね。」「私は、逆上るからなお堪りません。」「陽気のせいですね。」「いや、お前さんのためさ。」「そんな事を・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ 火鉢の側に腰を浮かして半時間ばかりうずくまっていると、「魂抜けて、とぼとぼうかうか……」 声がきこえ、湯上りの匂いをぷんぷんさせて、帰ってきた。その顔を一つ撲ってから、軽部は、「女いうもんはな、結婚まえには神聖な体でおらん・・・ 織田作之助 「雨」
・・・側は西洋銀らしく大したものではなかったが、文字盤が青色で白字を浮かしてあり、鹿鳴館時代をふと思わせるような古風な面白さがあった。「いい時計ですね。拝見」 と、手を伸ばすと、武田さんは、「おっとおっと……」 これ取られてなるも・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 私は、ほっとして、それでは帰ろうかと腰を浮かしかけた途端に、馬小屋のほうで、「馬鹿! 命をそまつにするな!」と、あきらかに署長の声です。続いて、おそろしく大きい物音が。 名誉職は、そこまで語って、それから火鉢の火を火箸でい・・・ 太宰治 「嘘」
・・・教えてやろうか、と鳥渡、腰を浮かしかけたが、いやいやと自制した。ひょっとしたら、あの一団は、雑誌社か新聞社の人たちかも知れない。談話の内容が、どうも文学に無関心の者のそれでは無い。劇団関係の人たちかも知れない。あるいは、高級な読者かも知れな・・・ 太宰治 「八十八夜」
出典:青空文庫