・・・その上そこにいる若槻自身も、どこか当世の浮世絵じみた、通人らしいなりをしている。昨日も妙な着物を着ているから、それは何だねと訊いて見ると、占城という物だと答えるじゃないか? 僕の友だち多しといえども、占城なぞという着物を着ているものは、若槻・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・子爵はやはり微笑を浮べながら、私の言を聞いていたが、静にその硝子戸棚の前を去って、隣のそれに並べてある大蘇芳年の浮世絵の方へ、ゆっくりした歩調で歩みよると、「じゃこの芳年をごらんなさい。洋服を着た菊五郎と銀杏返しの半四郎とが、火入りの月・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・これだと、どうも、そのまま浮世絵に任せたがよさそうに思われない事もない。が、そうすると、さもしいようだが、作者の方が飯にならぬ。そッとして置く。 もっとも三十年も以前の思出である。もとより別荘などは影もなくなった。が、狸穴、我善坊の辺だ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・今でこそ写楽々々と猫も杓子も我が物顔に感嘆するが、外国人が折紙を附けるまでは日本人はかなりな浮世絵好きでも写楽の写の字も知らなかったものだ。その通りに椿岳の画も外国人が買出してから俄に市価を生じ、日本人はあたかも魔術者の杖が石を化して金とす・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・たいしたえらいものではないからあるいは真物かもしれないという気で、北馬蹄斎の浮世絵も見せたが、やはり同じ運命であった。こればかしは、――これで往復の費用を出さねばならぬというので桐箱からとりだした蕃山の手紙は、ちょっと展げてみて、「おや……・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・うまくやるもので、浮世絵好みの意気な姿です。それで吉が今身体を妙にひねってシャッとかける、身のむきを元に返して、ヒョッと見るというと、丁度昨日と同じ位の暗さになっている時、東の方に昨日と同じように葭のようなものがヒョイヒョイと見える。オヤ、・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・などは浮世絵で見るほかには絵に見る事も無くなりましょう。で、万事贅沢安楽に旅行の出来るようになった代りには、芭蕉翁や西行法師なんかも、停車場で見送りの人々や出迎えの人々に、芭蕉翁万歳というようなことを云われるような理屈になって仕舞って、「野・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
浮世絵というものに関する私の知識は今のところはなはだ貧弱なものである。西洋人の書いた、浮世絵に関する若干の書物のさし絵、それも大部分は安っぽい網目版の複製について、多少の観察をしたのと、展覧会や収集家のうちで少数の本物を少・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・また一枚の浮世絵からでもわれわれはいろいろなモンタージュの手法を発見するであろう。エイゼンシュテインは特に写楽のポートレートを抽出して、強調された顔の道具の相剋的モンタージュを論じているが、われわれは広重でも北斎でも歌麿でもそれぞれに特有な・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかも、ロシア人にほんとうに日本の俳諧が了解されようとは考えにくいのに、それだのにそのロシア人の目を一度通ったものでなければ、今の日本人は受け付けないのである。浮世絵の相場が西洋人の顧客によって制定されると一般である。また日本人の独創的な科・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫