・・・ 暑い時に風呂に行って背中から熱い湯を浴びると、やはり「涼しい」とかなりよく似た感覚がある。あれも同じわけであろう。 涼しいというのは温度の低いということとは意味が違う。暑いという前提があって、それに特殊な条件が加わって始めて涼しさ・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・「金の林檎を食う、月の露を湯に浴びる……」と平かならぬ人のならい、ウィリアムは嘲る様に話の糸を切る。「まあ水を指さずに聴け。うそでも興があろう」と相手は切れた糸を接ぐ。「試合の催しがあると、シミニアンの太守が二十四頭の白牛を駆っ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 浴びるだけならいいのではないでしょうか。虫にくわれませんか。おや、今涼しい風が入って来た。こういう風をこの封筒に入れてちょっと吹かせてあげとうございます。二階は蒸風呂です。だもんで下にいて、些か能率低下なの。家で夏をすごすのは四年目です。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 中には、一人二人、特にいつも目をつけられ、ことごとに冷笑を浴びる者もある。 それでも、その朝は無事で、大抵の者が通り抜けた。もう少しで皆行ってしまおうとする時、傍にいた先生の眼は俄にきっと鋭くなった。何事かと思う間もなく、一二歩前・・・ 宮本百合子 「追想」
・・・ バルザックの作品の深さ大さにふれるとき、私たちは作家バルザックの個人としての生活力の逞しさ旺盛さに面を打たれ、同時に十九世紀のフランスという時代の力づよい飛沫を顔に浴びる。 ドライサアの作品が感じさせる底なしのようなアメリカ生活の・・・ 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
出典:青空文庫