・・・成程一本のマッチの火は海松ふさや心太艸の散らかった中にさまざまの貝殻を照らし出していた。O君はその火が消えてしまうと、又新たにマッチを摺り、そろそろ浪打ち際を歩いて行った。「やあ、気味が悪いなあ。土左衛門の足かと思った。」 それは半・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・が、狸穴、我善坊の辺だけに、引潮のあとの海松に似て、樹林は土地の隅々に残っている。餅屋が構図を飲込んで、スケッチブックを懐に納めたから、ざっと用済みの処、そちこち日暮だ。……大和田は程遠し、ちと驕りになる……見得を云うまい、これがいい、これ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・けたように広々として、崖のはずれから高い処を、乗出して、城下を一人で、月の客と澄まして視めている物見の松の、ちょうど、赤い旗が飛移った、と、今見る処に、五日頃の月が出て蒼白い中に、松の樹はお前、大蟹が海松房を引被いて山へ這出た形に、しっとり・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 人家のない岩蔭に、波が砂を洗って、海松や荒布を打ち上げているところがあった。そこに舟が二艘止まっている。船頭が大夫を見て呼びかけた。「どうじゃ。あるか」 大夫は右の手を挙げて、大拇を折って見せた。そして自分もそこへ舟を舫った。・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫