・・・しかし幽霊が出るって言ったのは磯っ臭い山のかげの卵塔場でしたし、おまけにそのまたながらみ取りの死骸は蝦だらけになって上ったもんですから、誰でも始めのうちは真に受けなかったにしろ、気味悪がっていたことだけは確かなんです。そのうちに海軍の兵曹上・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ 譚は老酒に赤らんだ顔に人懐こい微笑を浮かべたまま、蝦を盛り上げた皿越しに突然僕へ声をかけた。「それは含芳と言う人だよ」 僕は譚の顔を見ると、なぜか彼にはおとといのことを打ち明ける心もちを失ってしまった。「この人の言葉は綺麗・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・その一つ向うのテエブルには、さっき二人と入れちがいにはいって来た、着流しの肥った男と、芸者らしい女とが、これは海老のフライか何かを突ついてでもいるらしい。滑かな上方弁の会話が、纏綿として進行する間に、かちゃかちゃ云うフォオクの音が、しきりな・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・そうして「海老上り」の両足を遠く空ざまに伸しながら、「二――」と再び喚いた時には、もう冬の青空を鮮に切りぬいて、楽々とその上に上っていた。この丹波先生の滑稽なてれ隠しが、自分たち一同を失笑させたのは無理もない。一瞬間声を呑んだ機械体操場の生・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・華美を極めた晴着の上に定紋をうった蝦茶のマントを着て、飲み仲間の主権者たる事を現わす笏を右手に握った様子は、ほかの青年たちにまさった無頼の風俗だったが、その顔は痩せ衰えて物凄いほど青く、眼は足もとから二、三間さきの石畳を孔のあくほど見入った・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・「もう、二階ばかり上の高い処に、海老屋の屋根の天水桶の雪の遠見ってのがありました。」「聞いても飛上りたいが、お妻さん、動悸が激しくって、動くと嘔きそうだ。下へもおりられないんだよ。恩に被るから、何とか一杯。」「おっしゃるな。すぐ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・と立ったり、居たり、歩行いたり、果は胡坐かいて能代の膳の低いのを、毛脛へ引挟むがごとくにして、紫蘇の実に糖蝦の塩辛、畳み鰯を小皿にならべて菜ッ葉の漬物堆く、白々と立つ粥の湯気の中に、真赤な顔をして、熱いのを、大きな五郎八茶碗でさらさらと掻食・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 大な蝦蟆とでもあろう事か、革鞄の吐出した第一幕が、旅行案内ばかりでは桟敷で飲むような気はしない、が蓋しそれは僭上の沙汰で。「まず、飲もう。」 その気で、席へ腰を掛直すと、口を抜こうとした酒の香より、はッと面を打った、懐しく床し・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・「――いり海老のような顔をして、赤目張るの――」「――さてさて憎いやつの――」 相当の役者と見える。声が玄関までよく通って、その間に見物の笑声が、どッと響いた。「さあ、こちらへどうぞ、」「憚り様。」 階子段は広い。―・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・頭を曲げ手足を縮め海老のごとき状態に困臥しながら、なお気安く心地爽かに眠り得た。数日来の苦悩は跡形も無く消え去った。ために体内新たな活動力を得たごとくに思われたのである。 実際の状況はと見れば、僅かに人畜の生命を保ち得たのに過ぎないので・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
出典:青空文庫