・・・近くは三十七年の夏、悲惨なる旅順の戦に、ただ一人の弟は敵塁深く屍を委して、遺骨をも収め得ざりし有様、ここに再び旧時の悲哀を繰返して、断腸の思未だ全く消失せないのに、また己が愛児の一人を失うようになった。骨肉の情いずれ疎なるはなけれども、特に・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・ そして、巨大な現象をつかみながら、作家の主体的角度が消失しているという点こそ、アメリカ現代文学の無気味な点ではなかろうか。「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラの強烈な性格と生活力にかかわらず、バトラーの抜け目なさにかかわらず、彼ら・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・これらの声々は、ある点から見ればまことに悲痛な、今日の日本の文学における生ける人間の存在の消失に伴うつむじ風の唸りであり、作家と歴史とのめぐり合わせにおいてみれば「個人生活における一貫性」が砕けゆく過程の叫びであった。『現代文学論』の第・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・狭い文壇的気流の匂いだの、ゴシップだの、競争だの、いりくんだ利害関係だのから、作家同士或は作家、編輯者との間からは、世が世智辛くなるにつれ、率直さや朗らかさや、呵々大笑的気分は消失して来ているであろう。その内輪で、どちらかと云えば神経質な交・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
出典:青空文庫